ファイザーがまた巨額M&Aをするそうである。

Pfizer seals $160bn Allergan deal to create drugs giant

ファイザーといえば、何年も前からM&Aをバンバン連発して、世界の製薬業界の再編と巨大化を引っ張ってきた企業の一つだが、さらにまた合併をするとのことだ。

“the biggest pharmaceuticals deal in history(製薬業界では史上最大の取引)”ってニュースのヘッドラインを何回も見た気がするので、正直、またか、という印象だ。製薬業界での合併の背景には、医薬品の開発コストが上がっていること、バイオテクノロジーによって過去にない研究開発が可能になったこと、また、新興国の医療ニーズが高まっていることなど、いろいろな構造的要因があるようだ。

ただ、このニュースで興味深いと思ったのは、この買収と同時にファイザーが登記上の本社をダブリンに移す、という点だ。買収先の企業の本社がダブリンにあるので、そちらを登記上の本社とするらしい。これによって、ファイザーは巨額の節税ができる。なぜならアイルランドの法人税は実質的にアメリカのそれの数分の一だから、ということである。

巨大企業の節税については、アマゾンやアップル、スターバックスなどが各国の税法の特例をうまいこと組み合わせて、ビジネスの規模に対して全然税金を支払っていない、といった報道が去年から行われ、各国で批判の的になっているのは記憶が新しい。

また、タックスヘイブン(租税回避地=税金がものすごく安い、あるいは実質的に無税の国)に対する規制がアメリカを中心に国際的に議論されているのも、ここ数年でおなじみになった動きだ。

そのため、このファイザーの合併話は、単純に企業の国際戦略という話ではなくて、租税回避、極端な言い方をすれば「脱税」だ、という風に捉えることもできる。実際に、早くも民主党の大統領候補のヒラリー・クリントンが、「大企業に適切な負担をさせる」ような政策が必要である、ということを主張している。

そのため、この話は、国際経営、という枠組みだけではなく、企業倫理や税制、国際政治など、多様な観点からとらえる必要があると思う。

①企業戦略、あるいは国際経営の観点

単純に考えれば、この話は、税制優遇で企業を誘致する、という話の延長線上の話である。日本でも、企業誘致のために地方自治体が優遇措置をしたり補助金を出す、という話は珍しい話ではないし、国際的な誘致合戦があるのも、古くて新しい話である。

なので、経営上からすれば、資本を最も効率よく使って株主に貢献するには、各国の制度的な枠組みをうまく活用するのは経営者の義務であって、税金逃れでもなんでもない、という理屈が成り立つ。

こうした各国のビジネス活動環境の違いを利用する、というのは国際経営では古くて新しい議論である。天然資源や市場、人的資源の充実だけではなく、制度の充実も、立地選択上の魅力になる、という話である。

②企業の社会責任の観点

一方で、企業が経営活動を行う上では、治安や司法、教育、交通や電力など、国家が提供する様々な公共インフラストラクチャーを利用している。先進国でビジネスが毎日安定的かつ快適に進んでいくのは、国家および地方自治体が提供するインフラが強固だからだ、という見方もできる。

だから、経営活動の規模に応じて、それなりの公共への負担をしないのは、社会的責任を果たしているとは言えない、とも考えられるだろう。

③税制、あるいは所得配分の観点

国家は税制や社会保障などの仕組みを通じて、所得配分を行っている。言い方を変えれば、稼げる人からは多くとって、稼げない人からは少なくとる、そして、さらに福祉を通じて稼げない人に医療や教育など、基本的な人間らしい生活を送れるように支援を行なっている。もちろん、格差の拡大などの議論はあるのだが、この機能を少なくとも国家はそれなりに担っている。

ここまでのロジックを踏まえて、結局のところこれで得をするのは誰か?ということを考えると、損をするのはアメリカの一般の国民(どれくらいの人が配分に預かるか、はともかくとして)であって、得をするのはおそらくアイルランドの国民、利益が増えてボーナスが増えるファイザーの経営者(と従業員?)、プラス、これが上記①の見方の正当性の源泉だが、ファイザーの株主だろう。

つまり、国家が所得配分を行う機能が、企業の国際的な行動によって妨げられ、所得配分の行き先が株主に向かっている、という風に捉えることができる。

④国際政治の観点

こうなってくると、近現代の国際秩序の主役であった国家主権と、そこから半ば独立して活動する多国籍企業、という構図の中で、富を奪い合っている、あるいは富の引き付け合いをしていると言う話に見えて来る。そうなると、次に考えないといけないのは政治である。

各国は自分の利益を考えれば企業を引き付けたいので、税制優遇をする誘惑が常にある。一方で、企業は活動している各国で相応の負担をすべきだ、という主張にも一定の理があるようにも思われる。これはまさに「囚人のジレンマ」ゲームに近い状態であり、しかも、多くの国が複雑な税制を使ったプレイをしているので、裏切ってもばれにくい。綱引きはそう簡単には決着しないように思われる。

果たして、こうした租税回避の動きを、各国の利益が相反する中で、どう解決していくのだろうか。研究者としては興味深い題材だし、ビジネス教育に関わる立場からすれば、非常に面白いケーススタディである。ただ、一人の市民、納税者としての立場からすると、面白がってもいられない話でもある。

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