肥満と経済をめぐる議論。

研究とは何も関係ないのだけど、最近、イギリスで興味深かったニュースといえばこれ。

BBC News- Obesity ‘biggest threat to women’s health’ in England

先日、3日だけ日本に仕事で帰る用事があり、バタバタと帰国したのだが、その際に改めて思ったのが、日本の女性は細い、ということ。イギリスに帰ってくると、ぽっちゃりというか、大きい女性が実に多い。街を歩いていて、明らかに風景が違うのである。

そして、その直後に見たのがこのニュース。何を言っているかというと、イギリスの医療に関するトップ(Chief Medical Officer)が、

肥満はイングランドにおける女性の健康に対する最大の脅威

だと言っているのである。

肥満の結果として様々な疾患の確率が高まることはよく知られているが、それらを考慮すると、イギリスでは肥満が医療政策上、最も対処を必要とする脅威だ、としている。国家財政が緊縮する中で、肥満という予防できる要因で医療費がこれから増加していく要因になるのは放置できない、というわけだ。

そして、単純に病院でどうこうする、という話だけではなく、安価な砂糖入り飲料(コーラとか)や、”健康的ではない”加工食品に課税をする砂糖税や、スーパーでのこうした食品に関する安売りプロモーションを禁止するといった医療以外の面での政策上の対策も求めているという、大掛かりな話だ。肥満の話まで経済政策につながってくるのである。

確かに、イギリスの加工食品は砂糖の含有率が多い。例えば、マヨネーズ一つとっても、日本のマヨネーズよりも数倍多い砂糖が入っていたりするし、レンジでチンで食べられる食品とかにも結構砂糖が入っててびっくりする。

そして、”健康的ではない”加工食品については、糖分や脂肪を多く含んだ食品の価格低下が肥満の増加に結びついている、という世界的な長期のデータに基づいた研究も発表されていたりする。

Guardian – Falling price of processed foods fuelling obesity crisis, says study

で、ここからが本題だ。

この話を放送していたニュースでも多少議論になっていたのだが、砂糖税については、安価な加工食品に食事を頼りがちな低所得層を直撃するのではないか、という批判もある。特に、これを主張しているのが、飲料メーカーの連合だったりするので、どれだけ本当かいな、という話はもちろんあるのだけど、しかし、一般論として、低所得者層の方が加工食品を食べるので肥満になりやすい、というのは、一般論として良く聞く話だ。

しかし、この手の話は鵜呑みにしないほうが、たいていは良い。なので、調べてみると、確かに、貧しい人ほどフレッシュな野菜を食べている量は少ない。

日本でも、低所得者層が肉や野菜が足りない食生活になっている、というデータがあるようだ。余談だが、この状況に対して、厚生労働省が出した「所得が低い人は・・・健康への関心を高めてほしい」というコメントが、「現代のマリーアントワネットかよ!」とネットを沸かしているらしい。たしかに、個人が意識を配ってどうこうなる話には限界があるので、厚生労働省の皆さんには老婆心ながら、もう少し、「なぜそうなるのか?」という部分に構造的に考察を加えてからコメントを書かれる事をお勧めしたい。

まあ、あまり根本的なところに踏み込むと、いろんな政策に関わってきてしまうから、その辺も全て分かった上で、敢えて触れないことにしたのかもしれないが。それはそれで残念な話である。

さて、話を戻そう。さらに、貧困と肥満の関係を調べてみると、確かに女性に関しては明確なリンクがあるのだが、男性に関しては関係がない、と言う不思議な結果になっている。

Adult Obesity and Socioeconomic Status

例えば、下のグラフの横軸が豊かさで、比率が肥満率だが、濃いオレンジ色の女性では明らかに右に行っている方が減っているが、薄いオレンジの男性では、それほど明確なパターンは見られない。

推察するに、男性の方が同じ低所得者層でも肉体を使う仕事をしている比率が多い、とか、そのあたりも影響しているのかもしれない。同じ低所得の仕事でも、比較的軽度の労働のサービス業に女性が多い、ということはイギリスでもありそうである。

そう考えると、経済的水準と、食事の偏り、肥満の間にはそれなりの関係がある、と考えるのが妥当だろう。もちろん、上のようにカロリー消費の側面にも光を当てないと問題の全体像はわからない。

たとえば、バスや地下鉄による通勤を抑制して、自転車通勤が増えるように、交通を整備する、といった政策は、通勤距離が東京ほどべらぼうに長くなくて、交通機関の値段が高いイギリスだと、結構効果的かもしれない。そんな風に、食事以外の政策にも、光をあてることが多分必要だろう。だからと言って、経済的格差が食事の差につながり、健康状態の差に影響していると思われる、という問題を放置していいという話にはならないが。

それにしても、肥満を通じて医療コストが増大すれば、国民皆保険である日本やイギリスでは、結局それを負担するのは納税者である。そして、豊かな人たちもそれなりに応分の負担をしないといけない。そう考えると、経済格差に起因する食の格差、そしてその結果としての健康格差の問題というのは、政策として考える価値があるテーマなのではなかろうか。

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投稿者: 吉川克彦(Katsuhiko Yoshikawa)

国際人事・組織論に関する研究者、コンサルタント。PhD (Management, London School of Economics and Political Science)。2017年8月より、上海交通大学安泰経管学院にて、Assistant Professorに就任予定。 主な研究分野は組織論、人材マネジメント論、国際経営論。 Journal of World Businessに査読付き論文が掲載されたほか、Academy of International Business, Academy of Management, Association of Japanese Business Studiesなどの学会にて研究発表の実績あり。また、日本国内でダイバーシティマネジメントについての書籍を出版。また、人事関連の雑誌への寄稿、新聞への論考を掲載。主な研究実績についてはこちら。 コンサルタントとして、様々な業界の日本企業の人事・組織変革を支援。主なテーマは、企業理念の浸透、ダイバーシティマネジメント(女性活躍促進を含む)、人事諸制度の再構築、海外法人における人事体制の確立、次世代リーダー育成、採用戦略の立案など。 1998年にリクルートに入社。人材、組織に関する研究、コンサルティング、サービス開発に 従事。2013年に同社を退社。 1974年 兵庫県西宮市生まれ。京都大学経済学部卒。2011年にLondon School of Economics and Political Science にてMSc. Management, Organisations and Governance 優等修了(Distinction) および、PhD in Management (Organisational Behaviour and Employment Relations Track)を終了。 ご連絡はこちらまで。 katsuhiko78@gmail.com / k.yoshikawa@lse.ac.uk

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