英語に関する人事施策は、果たして日本企業の国際経営に影響しているのか?

久しぶりの投稿です。上海に到着してから3ヶ月というもの、新しい職場での仕事の立ち上げに慌ただしかったのと、各種のインターネットサービスへの接続が制限されている(例えばフェースブックは中国では普通にしてると読めません)のを言い訳に、ブログ投稿をサボっておりました。すいません。今年は心を入れ替えて、もう少しこまめに投稿してこうと思ってます。

今回のネタは、英語です。以前にも書きましたが、英語は事実上のビジネス公用語となっています。非英語圏であっても英語でコミュニケーションができることが、グローバルでのビジネスを加速しているし、逆に、グローバルなビジネス機会の存在そのものが、英語を学習することの価値を高めている、とも言えますね。BBCやCGTN(China Global Television Network = 中国版のBBCやCNNのようなグローバルニュース局。日本ではあまり知られてないと思いますが、コンテンツのレベルは結構あなどれません)を見ていると、世界中のどこに行っても英語でインタビューに答えられるビジネスパーソンや市民がいることには驚かされます(もちろん、そういう人を探してインタビューしてるわけですし、ブロークンな英語であることが多いですが、それでも自分の言いたいことを表現して伝えられることが印象的なわけです)。

しかしながら、日本人ビジネスパーソンを全体として捉えると、その英語力はあまり芳しいものではありません。。例えば、EF English Firstがリリースしている世界のビジネスパーソンの英語力ランキングでは、日本は先進国の中ではフランスやイタリアと並んで英語が苦手な国の一つとして扱われています。もちろん、非常に流暢に英語を操る方々もいらっしゃるわけですが、平均すると、英語が苦手な人が多いのが現場です。

この現場への対策として、様々な企業で英語力を採用や昇進昇格時の条件に組み込む取り組みが行われています。経営のグローバル化に対応するためには、管理職が英語を扱える必要がある、というわけです。楽天のような、前者で英語を公用語化にする、といったアプローチから、TOEICなどで一定の点数が取れないと一定ランク以上のポジションに昇進昇格されない、といったアプローチまで幅があります。また、従業員向けに英語教育を充実させている企業もありますね。

さて、ここで疑問になるのは、果たしてこうした施策がどれくらい実際の経営活動に影響を与えているのだろうか?ということです。

仮に、こうした施策の結果、ビジネスで使えるレベルの英語力を持つ管理職が増えたとすれば、そこから生じそうな変化としては、(1)海外赴任者が減る、(2)海外拠点から本社への知識の還流が増える、の2つが考えられます。

(1)海外赴任者を派遣する理由は様々に存在しますが、その重要な要素が「本社と海外拠点の意思疎通の橋渡し役」です。本社と海外拠点の間に存在する地理的な距離や、文化や社会制度の違いは、「方針の伝達」や「現場の共有」などの意思疎通の壁になります。そこに、さらに「言語の違い」が加わります。本社と海外拠点の人たちが両方同じ言語を流暢に喋れれば、直接電話なり、テレビ会議なりで話し合えばいいわけです。しかし、「本社の多くの人が英語を苦手としており、海外拠点の人たちは現地の言語あるいは英語しか使えない」という状態では、意思疎通はかなり困難になります。その結果、「よくわからんから、やっぱり日本人を送って現地のことを把握させたい」し、「本社の意思がわかっている日本人が、現地を理解した上でマネジメントしたほうが効率がいい」という意思決定になるわけです。

ですから、本社側に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」という人たちが増えることで、海外赴任者を送り続けるニーズは減少する、と考えられます。個人的な経験からすると、TOEICで高得点を取れることと、「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」ということの間にはかなりの壁があるので、果たしてTOEICを管理職登用の条件にすることがこれに寄与するのだろうか、という懸念はあります。とはいえ、組織自体のベースラインが上がることで、上記のような条件を満たす人の比率も増えて行く可能性はあるかと思われます(と、いうか、それが狙いなわけですしね)。

私自身は、赴任者を減らせばいい、と思っているわけではありません。むしろ、赴任者は重要な役割を担っているので、「欧米企業より日本企業は赴任者が多い、だから赴任者の数を減らすべきだ」という議論は単純で乱暴だと思ってます。が、一方で、赴任者にコストがかかるのは現実な訳で、語学力が高めることで赴任者の必要性が下がる、というのは、一つの経営の選択肢としてあっていい、と思っています。

次に(2)海外拠点から本社への知識の還流が増えることについても、同じようなロジックです。「海外拠点から本社への知識の還流」というのは、具体的に言えば、海外拠点が接している市場の状況が的確に本社で認識されたり、あるいは、海外拠点で生み出された新しいマネジメントのノウハウや技術などが本社に認識され取り入れられる(あるいはさらに他の拠点に横展開される)といったことが考えられます。

多国籍企業にとって、「本社から海外拠点に知識を移転する」ことは、ほとんど当たり前と言っていいことです。というのも、そもそもの海外展開の狙い自体が、「本国で生み出された様々な技術やノウハウをもとに、海外でも事業展開して稼ごう」というものであることが多いからです。また、経営意思決定をする本社の幹部が、本社での物事のやり方や、本社で生み出された技術やノウハウに詳しいから、でもあります。「あれを現地にも持っていけばいいじゃないか」と考えやすいわけです。一方、海外拠点から本社への知識の移転はそうではありません。まずは、海外拠点が成熟し、自分たちで市場をとらえ、新たな知を生み出す努力を自分たちでできる水準に到達する必要があります。その上で、海外拠点が獲得し、生み出した知識(=現地の市場に対する理解や、現地独自のノウハウや技術)の内容と価値を本社側が理解できないと、海外拠点から本社への知識の移転は生じません。そして、そこには、上述の通り、文化や社会制度が違う(=当たり前の前提条件が違う)ことが壁になるわけです。

過去の研究から、「本社から海外拠点への赴任者」や、「海外拠点から本社への逆赴任者」といった形で、人を赴任させることは、現地から本社への知識移転を促進することがわかっています。上記の(1)のロジックにそえば、本社に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」人が増えることで、「人を赴任させる」ことに加えて、「共通の言語で話し合う」ことで、さらに知識の移転がされやすくなる、と考えられるわけです。さらには、赴任者が果たしてきた知識移転の役割を、遠隔での直接対話で代替できるかもしれません。

このように、「英語力を高める」ための人事施策には、確かに、国際ビジネス上の事業活動のあり方自体に変化を生む可能性があるわけです。

ここで気になるのは、そろそろ検証が行われてもいいころでは?ということです。英語はあくまでもコミュニケーションの手段ですから、「従業員の英語力を高める」ための施策の成果として、本来検証すべきなのは、こうしたビジネス上の成果が上がることだと思われます。企業単位ではなかなか検証が難しそうですから、多くの企業のデータを比較して、果たして影響があったのか、といったあたりについて検証をしてみたいところです。

イギリスにいた際にお知り合いになった日本企業の赴任者の方々とのコミュニケーションから受ける印象では、「あんまり変化してないのでは?」という気もするのですが、だとするとそれはなぜなのか、ということが気になりますよね。ビジネスにいい影響を与えるために「英語力を高める」施策を打ったわけですから、それがビジネスのあり方の変化に結びついていないとすれば「施策が不十分だった」「他の要因が障害になっている」「成果が出るのにもっと時間がかかる」あたりの要因を探る必要がある、と思うわけです。

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投稿者: 吉川克彦(Katsuhiko Yoshikawa)

国際人事・組織論に関する研究者、コンサルタント。PhD in Management(経営学博士)。2017年8月より、上海交通大学安泰経管学院Assistant Professor。 主な研究分野は組織論、人材マネジメント論、国際経営論。研究者への転身前には、コンサルタントとして、様々な業界の日本企業の人事・組織変革を支援。 1974年兵庫県西宮市生まれ。1998年京都大学経済学部卒。同年リクルートに入社。人材、組織に関する研究、コンサルティング、サービス開発に 従事。2013年に同社を退社。2011年にLondon School of Economics and Political Science にてMSc. Management, Organisations and Governance(Distinction) および、PhD in Management (Organisational Behaviour and Employment Relations Track)を修了。 ご連絡はこちらまで。 katsuhiko78@gmail.com / k.yoshikawa@lse.ac.uk

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