しばらく前に友人たちといったワインと串焼きのお店がありまして。
日本人の大将が経営していて、ワインの品揃えがなかなかよく、そして食事も総じて非常に美味しく、夫婦でとても気に入った店だったのですが、残念ながらもうすぐ閉店という噂が友人から流れてきました。
日本人ばかりではなく現地の人も含め、明らかに客の入りは良かったので、経営不振というのは想像しにくいなあ、と思ったら、閉店の原因は大将がビザの更新ができなかったから、ということらしいのです。
と、いうことで、今日の投稿は就労ビザをめぐって少々書こうと思います。
海外で働くのには一般的には就労ビザが必要です。もちろん、EU圏内のように労働者の移動の自由を互いに国の間で認め合っている場合はビザなしでどこでも働くことができますが、現在の世界においてはそれはあくまでも例外と言っていいと思います。
就労ビザに関わる政策は、様々なビジネスに直接影響を及ぼします。
例えば、Brexitをめぐる議論で、一つの焦点になったのが移民問題ですが、そこでは
「外国人がどんどんやってきて、自分たちのコミュニティがイギリスではなくなってしまう。最近は街を歩いていても、出会うのは英語じゃない言葉をしゃべる人ばっかりだ。一体全体、うちの街はどうなってしまうんだ」
というような、イギリス人・イギリス社会としてのアイデンティティや伝統を大切にしたい、それがEUからの無制限な移民で変質していくのが怖い・嫌だ、という見解と、
「イギリスの社会は大幅にEUからの移民に依存している。農業、食品製造、物流、小売などの産業の最前線で働く労働者の多くはポーランドなどのEUからの移民だ。更に言えば、医療関係者、具体的には医師や看護師の多くもEUから働きに来ている。国を閉ざしたら労働力が不足して、経済が停滞してしまうし、医療の質も低下する」
という、イギリス国内だけではスキルを十分に確保できない、という趣旨の見解がよく聞かれました(もちろん、この手の議論はBrexitをめぐる議論のごく一部でしかありません。また、人材・スキル不足を解決する方法は移民だけではありません。が、本稿では就労ビザに関する話が焦点なので、乱暴ですが省きます)。
イギリスの場合、Brexit以前から「流入する移民の数を制限しろ」というプレッシャーが有権者から保守党政権に対しては強くかかっていたようです。EUからの移民はEUの統一市場にの一員である限りは制限できませんから(労働者の移動の自由は基本原則の一つなので)、EU以外からの移民を制限するために、就労ビザのみならず、就学ビザも含めて、様々な政策が行われてます。例えば、僕が見聞きした範囲では、
- イギリスで高等教育を受けた人材の、大学院卒業後の滞在期間の縮小。以前は卒業後1年間は労働ビザなしで滞在して職探しや働いたりできたが、今は、就職先の企業が就労ビザをサポートしてくれない限り、卒業後3ヶ月で退去。
- 企業が外国人を採用する場合の制限。原則的に、募集広告を一定期間(3ヶ月だったかな?=>加筆: 28日でした!)公開して、その上でイギリス及びEUの人で要件に合う人が見つからなかった、という条件を満たさないと、外国人(EU以外)を採用できない。
- 就労ビザの支給条件の厳密化。例えば、年収の条件を以前より厳しくして、高度スキル人材じゃない人たちが入ってきにくくする。産業・職種によりどうしても国内で人材が不足である、といった特殊な事情がある場合は、個別判断で緩和措置を設ける。
みたいなことが行われています。そして、これらの運用はかなり厳格です。
たとえば、僕は1つ目に影響を受けました。本来、僕の博士課程の就学ビザの有効期限は2018年の1月末まだったのですが、予定よりも2ヶ月早く博士修了が決まった結果、2ヶ月分ビザもカットされたのです。前倒しでの修了が決まったことが大学から内務省(Home Office)に報告され(大学は報告義務がある)、内務省が「これはビザの有効期限のカット対象」と判断した、というわけです。
おかげで2017年の12月に卒業式のために再渡英した際には、入国審査で2時間引き止めに会うという残念な目に会いました。日本のパスポートがあれば、短期の滞在であれば通常はほぼノーチェックで入国できるはずなのですが、「ビザがカットされてるのは怪しい、お前何かしたか、事情を説明しろ、データベースと照合する」というわけです(おそらく、この記録は一生残るので、今後はイギリスに行くたびに同じことをやるんだろうなあ、と今からうんざりしています)。
また、友人(日本人)が現地の企業に中途で就職した際には、採用は内定していたのに、就職先がそのポジションの募集広告を事前に公開しておくのを忘れていた結果、勤務開始が遅れた、というケースもありました。
そして、3つ目の結果生じているのが、インド料理店の大量閉店です。2016年のガーディアン(現地の左派よりの高級紙)の記事によれば、18ヶ月で600店舗のインド料理屋が閉店を余儀なくされ、最悪の場合、業界全体の1/3にあたる4000店舗の閉鎖もありうると書かれています(まあ、4000店舗は極端だと思いますが)。
と、いうのも、インド料理店の多くは、インドからの移民が創業しているわけですが、初代創業シェフの子供たちは親の仕事を継ぎたがらず、結果としてインドからシェフを連れてくる、というパターンが多いようなのです。が、上記の労働ビザの条件の厳密化でそれが難しくなり(需要があるといってもインド料理店のシェフの給与はそんなに良くないので)、シェフが確保できなくなり、廃業につながる、という展開です。
ちなみに、中国でも現在は就労ビザに関する発給条件をめぐって、新しい政策が昨年から導入されています。応募した人それぞれについて、中国で予定されている給与額、学位、職務経験年数、中国語スキル、年齢などで点数が付けて、合計点数に基づいてA, B, Cのランクわけをする(リンク先は日経新聞の解説)、というものです。考え方としては、色々サイトを見てみると、
- A(ハイレベル人材) 中国としてぜひ招きたい人材
- B(プロフェッショナル) 雇用側がちゃんと申請すれば就労ビザが普通に出る人材
- C(一般人材):就労ビザの発給をコントロールする人材
ということのようですね。
Cに関しては、学歴(学部卒以上じゃないとダメ)年齢(60歳以上はダメ)に関する条件がかなり厳しく運用され、これまで就労ビザが取れた人も更新できなくなるのでは、いや、実際にもうなっている、といった情報も流れております(冒頭のワインのお店の大将の話は、直接伺ったわけではないのでなぜビザが取れなかったのか詳細は分かりません)。
この仕組みに関しては、「人間をランク付けするのか」みたいな反発も一部のメディアで流れてましたが、僕自身はそれほど極端な仕組みだとは思いません。例えば、イギリスの場合もA, B, Cみたいな明示的なランク付けはしていないものの、英語力や資産額など、条件を満たしているとポイントが加算されて、(簡略化して言えば)一定のポイント以上になればビザがでる、足りなければ出ない、といった考え方です。
こうした仕組みは、「目に見える基準で、すべての人を同じように扱う」という意味では、公平公正なビザ行政だとも言えるなあ、と思ってます。もちろん、個別に考えれば、大卒じゃなくてもスキルを持った人はいっぱいいるよね、というのは全く議論の余地がないのですが、それを一人づつ丁寧に審査するのが現実的に回らない、ということは理解できます。
今後、こうしたビザの条件が厳しくなるのかどうか、というのは、中国の経済の状況や、中国国内における高度スキルを持つ人材の育成に関する政策が関わってくると思われるので、正直僕にはなんともいえません。
世界の工場としてローコストの生産で稼ぐ、という時期を脱して、イノベーションを生み出していく、という方向に向かっているようなので、科学者・技術者・起業家など希少で高度なスキルを持つ人材を海外から引きつけるとともに、中長期的な視点で国内で育成にも取り組む、その一方で、ミドルクラスの仕事は国内人材にシフトして社会としての人材層を厚くしていく、という方に重点が置かれていくのかなあ、と思いますが、あくまで想像に過ぎません。