最近、組織論分野では世界最高峰のジャーナルの一つ、Jounal of Applied Psychologyに論文が採択されることが決まりました。博士課程で行なった研究をベースに、指導教官のDr. Chia-Huei WuとDr. Hyun-Jung Leeとの共著で書いた論文です。個人的には研究者としてのマイルストーンになる成果です。

このポストでは、この研究の中身を学問的用語を使わずにご紹介しようと思います。


ものすごく平易に言うと、この研究の趣旨は、

世の中に、「計算高い人助け」を好む人とそうでは無い人が存在する。そして、その志向は測定できる

と言うことです。

日本には「情けは人のためならず」と言う諺がありますよね。「人のことを助ければ、必ずしもその相手から帰ってこないかもしれないけど、いずれ巡り巡って自分に返ってくる」というような意味のことわざです。

似たような諺はいろいろな社会に存在するのですが、こうした考え方のポイントは「他の人を助けることは、相手だけじゃなくても自分も得する」という計算高さにあります。人助けをする理由は、他の人の幸せのため、と言う純粋なものでなくても良いわけです。

様々な社会学者や人類学者が「これは人間社会を支える根本的な思想で、こういう考え方が存在するがゆえに、必ずしも善人ばかりではない人間同士でも、協働が成り立つのだ」と言っていたりします。

ただ、この諺に対してどう考えるか、には個人差がありますよね。

いやいや、「はっきりした見返りが約束されない限り、人を助けるのは損だ」と言う風に考える人(「リターン確約志向」とでも呼びましょうか)もいますし、「助けてもらったら、ちゃんとその人に返さないといけない。そうしない人は恩知らずだ」というような人もいます(これは、「一対一恩返し志向」と呼べますね)。

そして、「助けは人のためならず」が指し示すように、「助けた相手から帰ってこなくても、巡り巡って帰ってくるはずだから、それはそれで自分の得になるはず」と考える人(「ぐるっと恩めぐり志向」と呼びましょう)もいるはずだ、と主張したのがこの論文です

(「恩めぐり」は、Cochi Consultingの伊奈さんから伺った表現で、僕のオリジナルワードではありません。あまりにぴったりなので、ここで勝手ながら借用させていただきました。伊奈さん、ありがとうございます)。

こうした「ぐるっと恩めぐり志向」の人は、個人同士の貸し借りの計算を個別勘定ではなく、どんぶり勘定で行なっていると考えられます。簡単に言えば、

自分がいろんな人にやってあげたこと(=貸し)の総量と、自分がいろんな人から受けた恩(=借り)の総量が大体あっていればオッケーですよね。

と、いうことです。相手ごとに個別に貸し借りを計算せずに、大きくまるっと計算している、だから、誰かに何かをしてあげて、その相手から何も帰ってこなくても良いわけです。

逆に、「先輩たちからすごく恩を受けたけど、その先輩たちにはなかなか恩返しができない、だから今度は自分の後輩たちのためになることをしよう」と言うような発想も、貸し借り計算がどんぶり勘定化している、と言う点は共通です。

こうした考え方と、上で述べた、「リターン確約志向」「一対一交換志向」との間には明確な違いがあります。

「リターン確約志向」は、交換条件を事前にはっきりさせることを重視します。ですから、相手がリターンを示せない場合なは相手のために何かをすることは無い。一方、「一対一恩返し志向」交換条件を事前にはっきりしていなくても良いと考える点は共通ですが、個別勘定で、相手からちゃんと帰ってこないとおかしい、と考えるが「ぐるっと恩めぐり志向」と異なります。


と、いうようなことを考えた上で、この論文で具体的に僕たちが行ったのは、

  • 「リターン確約」「一対一恩返し」「ぐるっと恩めぐり」の3つの志向を測定するための物差し(=アンケートの項目)を作成する
  • その物差しが、世の中に既に存在する他の物差し(例えば、性格を測定するもの)では測れない人の特徴(志向)を捉えていることを実証する
  • その物差しが文化を超えて、日本とアメリカの両方で同じように志向を捉えられる、ということを実証する
  • その物差しで測った「リターン確約」「一対一恩返し」「ぐるっと恩めぐり」の各志向によって、実際の職場における行動が理屈通りに予測できることを実証する

ということです。

特にポイントになったのは、「純粋に人助けがしたい」「人が困っているのを見ると、黙っていられない」といった「いい人」さと、今回僕たちが提唱した、「ぐるっと恩めぐり」志向は異なるものなのだ、と言うことを示すことです。

実際に調べてみると、これらは志向としては別々のものであること、さらに、両方ともが「職場で同僚を助け、協調する行動」につながっていることが、日本とアメリカのいずれにおいても確認できました。

言い換えると、世の中には、純粋に人助けをしたい、という人もいるし、巡り巡って帰ってくるリターンが期待できるから人助けをしよう、という人もいる。そして、それぞれが「同僚を助ける」という行動として体現されると言うことです。


ここからの示唆は、組織における協働を促進ためには、かならずしも「良い人」ばかりを採用することだけが正解ではない、と言うことです。

損得勘定で人を助ける人だとしても、それはそれで組織の協働が進み、円滑な組織運営に貢献するわけです。なので、「計算高い人助け」はあって良いし、奨励されて良い、と考えられます。今回の論文の貢献は、それを測定するための物差しを作って、それが文化を超えて使えそうだ、と言うことを示したことです。

さて、この話は、総じてビジネスで実務に関わっていらっしゃる皆さんにおもしろがっていただけるのですが、必ずいただく質問が、「ぐるっと恩廻り志向」を育てることはできるのか?と言うことです。

そこについては、博士論文の中では「どうやらできそうだ」というデータの分析結果が得られているのですが、世の中に正式に論文として出すにはもう少し時間がかかりそうです。

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