海外拠点間の人事制度の統合をめぐるチャレンジ

先日、中国に拠点を構える日本企業で経営や人事にかかわる責任者の方々をお招きした小規模なディスカッションの機会を持ちました。その際に議論になったのが、中国に複数ある拠点にどのように世界共通の人事の枠組みを落とし込んでいくか、と言う問題です。

日本で働いていると、普通は社内で人事制度は統一されているものなので、海外赴任の経験がない方には、なぜこういう問題が生じるのか、よくわからないと思います。こうした現象が生じる経緯としてよくあるパターンはこういう感じです。

  1. 社内にある様々な事業がそれぞれに海外拠点を設立する。各事業ごとにそれぞれの事業運営上の思惑の中で立地や設立の形態、持たせる機能は様々。
  2. 拠点の設立にあたり、各事業から赴任者を送り込む。ただし、まずはオペレーションを立ち上げることが優先のため、多くの場合、生産や営業など実業部門の専門性を持つ人材と、財務の専門家が送り込まれる。
  3. この人たちが、自分たちの専門分野の仕事の傍ら、人事制度を整備する。現地で人事経験者(採用や給与計算、労務管理などができる人)を採用し、運用を任せる
  4. この結果、本社の人事制度や現地人事の意見をベースに、それぞれの拠点が自分たちの業務の特性に合わせた制度を設計し、実行するようになる。
  5. それらの拠点の運営が軌道に乗り、ある程度成熟してきたところで「地域統括会社を立ち上げる」という話が持ち上がる。中国であれば中国本土の拠点を統括する拠点、あるいは韓国や台湾の拠点も合わせた東アジア統括拠点、といった形が一般的。
  6. それに合わせて、人事の地域統括部門を設け、人事の専門家が送り込まれる。この方々は、各拠点に不足している人事の専門性を補いつつ、地域として共通の人事施策を実施していくのが役割になる。
  7. さらに、この頃になると、各拠点で、次世代幹部人材の育成が問題になる。日本人幹部だけで組織運営する段階から、現地の人材を登用し、戦略形成やイノベーションの核を任せていくことが狙い。

さあ、ここで問題が表面化します。というのも、各社の人事制度はバラバラで、しかも、人事のプロではない人たちが、日本人赴任者を中心に組織運営することを前提に設計、運用した制度だからです(もちろん、当事者である初期の赴任者たちが悪い、というわけではありません。その人たちが、与えられた状況の中で真面目に検討した結果であることがほとんどです。そもそもこういう状態にならないようにするにはどうするか、については最後に触れます)。

多くの場合、「各階層に求める要件」が明確に定義されていなかったり、仮に定義されているとしても「自ら主体的に動いて影響力を発揮する」ことが管理職にもとめられる役割に含まれていなかったりします。むしろ、「日本人の言うことを素直に聞いて動く」人たちが重用される人事運用になっていたりします。

また、日本でもままあることですが(というか、日本のあり方がそのまま移植されている、といったほうがいいかもしれません)、厳しいことも含めて率直に評価をフィードバックして評価を能力開発につなげる慣行が確立されていなかったり、パフォーマンスに応じて評価にメリハリをつけることも行われていなかったりします。

加えて、各社の人事制度がバラバラだと、各拠点横断の幹部研修を実施しようにも候補者選びの基準が設定しにくいです。また、リーダーシップ開発の定番である「未経験の職務を通じて視野や能力の幅を広げる」ことをやろうにも、拠点を超えた人の登用、異動も難しい。さらに、リーダーシップ育成の研修をやったとしても、人事制度とその運用が上記のような状態のままでは、研修で学んだ効果は一過性になってしまうことが目に見えています。

と、いうわけで、「自社としてのリーダーに期待する要件」をきちんと反映した世界共通、あるいは地域共通の人事制度の枠組みをつくり、各拠点に落とし込む、というのが本社人事、地域統括人事の大きなテーマになってきます。

これは、本社人事や地域統括人事の立場から見ると、かなり合理的な話です。

また、各拠点の人たちから見ても、登用されるべき人たちがきちんと登用され、現地の人材に中核的な仕事を任せていくための取り組みですから、長期的に見れば良い話、のはずです。

が、もちろん話はそう簡単にいきません。

そもそも、現在、各拠点の人事を担っている人たちは、今の仕組みを整備して運用してきた人たちですから、「今の仕組みで十分回っているのに、なぜ、わざわざ外から誰が作った仕組みを入れて、ゼロから運用を組み立て直さないといけないのか」と考えるのは(近視眼的ではありますが)自然な話です。

一方、現在、各拠点の管理職を担っている現地の人材は、脅威にさらされます。というのも、今までは日本人幹部の指示の元で受動的に動いていれば良かったのに、自ら主体的に動いてリーダーシップを発揮しろ、という、それまでに期待されてこなかったことをいきなり求められるからです。抵抗する人が出てもちっともおかしくありません。また、趣旨に賛同するとしても、今まで適当にこなしてきたフィードバックをきちんとやれ、と言われたりするわけで、面倒が増える、と感じる人もいるでしょう。

というわけで、これは結局のところ「変革プロジェクト」なのです。

組織において新しいことをやろうとすると、賛同する人も、反対する人もいて、どちら付かずの立場で批判的に見る人もいる、というのが一般的ですよね。

こうした問題に関わる人事の方々がこの活動を「人事制度の展開」として、トップダウンで順次落とし込んでいけばいい、と考えると現地の反発を買いがちです。押しつけに見えるからです。それよりも、これを「変革のプロセス」なのだ、というふうに捉えて推進するべきです。

新たな取り組みに対する(現地の人事や管理職も含めた)賛同者を集め、変革を正当化するロジックをつくり(=やらなければいけない理由、やることで幸せになれる未来像を明確化する)、全員にメッセージを発信し、賛同者を核に小さな成功事例を生み出し、その成功例をレバレッジして賛同者を増やしていく、そして、古い仕組みや考え方に固執する人を徐々に取り除いていき、新たな取り組みを定着させる、というのが変革の一般的なプロセスです。

こうした視点から取り組みを設計すれば、今、自分たちがどこにいて、次はどんなアクションを取るべきなのだろうか、というのが見えてくるはずです。

「古い仕組みや考え方に固執する人を徐々に取り除いていき」という部分が最大の難関でしょう。「考え方を丁寧に伝え、育成施策も行うことで生かしていく」という考え方もひとつですが、どうにもならない場合もあるので、最初から、「彼らをポストオフして、新しい考え方に会う人たちに登用の機会をつくることも辞さない」ということも前提にしたほうがむしろうまくいくケースが多い、というのが私の考えです。

あとは、「世界・地域共通の制度」といっても、何でもかんでも共通化する、というのはやめた方が良いですね。拠点のビジネス特性や現地の慣行を鑑みて、「譲れない部分は共通化した上で、現地適応すべき部分は現地適応する」という考え方のもと、各拠点の人々と作り込んでいく、というアプローチの方が、結果的に進みやすい、というのが先行研究からもわかっています。

 

もう一点、考えるべきは、そもそもなぜこうした問題が生じたのか?ということです。冒頭でご紹介した1〜7のプロセスに戻ってみましょう。

私が考えるに、ポイントは3と4にあります。「現地に戦略的な人事のプロ(本社から派遣するにせよ、現地で採用するにせよ)を置くのが遅い」上に、「そもそも標準がない」ので、現地で戦略的な人事のプロではない人が自己流で制度を設計せざるをえない、というのが全ての始まりです。

そう考えると、こうなる前に本社の人事がやるべきことがある、というのが浮かび上がってきますね。まあ、企業が多国籍化するプロセスではここまでのことは思いつかない、というのも当然なのですが、日本企業の多くはそれなりに国際展開の経験があるわけです。ですから、そうした取り組みを積極的に行わない理由はもはやない、はずです。

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英語に関する人事施策は、果たして日本企業の国際経営に影響しているのか?

久しぶりの投稿です。上海に到着してから3ヶ月というもの、新しい職場での仕事の立ち上げに慌ただしかったのと、各種のインターネットサービスへの接続が制限されている(例えばフェースブックは中国では普通にしてると読めません)のを言い訳に、ブログ投稿をサボっておりました。すいません。今年は心を入れ替えて、もう少しこまめに投稿してこうと思ってます。

今回のネタは、英語です。以前にも書きましたが、英語は事実上のビジネス公用語となっています。非英語圏であっても英語でコミュニケーションができることが、グローバルでのビジネスを加速しているし、逆に、グローバルなビジネス機会の存在そのものが、英語を学習することの価値を高めている、とも言えますね。BBCやCGTN(China Global Television Network = 中国版のBBCやCNNのようなグローバルニュース局。日本ではあまり知られてないと思いますが、コンテンツのレベルは結構あなどれません)を見ていると、世界中のどこに行っても英語でインタビューに答えられるビジネスパーソンや市民がいることには驚かされます(もちろん、そういう人を探してインタビューしてるわけですし、ブロークンな英語であることが多いですが、それでも自分の言いたいことを表現して伝えられることが印象的なわけです)。

しかしながら、日本人ビジネスパーソンを全体として捉えると、その英語力はあまり芳しいものではありません。。例えば、EF English Firstがリリースしている世界のビジネスパーソンの英語力ランキングでは、日本は先進国の中ではフランスやイタリアと並んで英語が苦手な国の一つとして扱われています。もちろん、非常に流暢に英語を操る方々もいらっしゃるわけですが、平均すると、英語が苦手な人が多いのが現場です。

この現場への対策として、様々な企業で英語力を採用や昇進昇格時の条件に組み込む取り組みが行われています。経営のグローバル化に対応するためには、管理職が英語を扱える必要がある、というわけです。楽天のような、前者で英語を公用語化にする、といったアプローチから、TOEICなどで一定の点数が取れないと一定ランク以上のポジションに昇進昇格されない、といったアプローチまで幅があります。また、従業員向けに英語教育を充実させている企業もありますね。

さて、ここで疑問になるのは、果たしてこうした施策がどれくらい実際の経営活動に影響を与えているのだろうか?ということです。

仮に、こうした施策の結果、ビジネスで使えるレベルの英語力を持つ管理職が増えたとすれば、そこから生じそうな変化としては、(1)海外赴任者が減る、(2)海外拠点から本社への知識の還流が増える、の2つが考えられます。

(1)海外赴任者を派遣する理由は様々に存在しますが、その重要な要素が「本社と海外拠点の意思疎通の橋渡し役」です。本社と海外拠点の間に存在する地理的な距離や、文化や社会制度の違いは、「方針の伝達」や「現場の共有」などの意思疎通の壁になります。そこに、さらに「言語の違い」が加わります。本社と海外拠点の人たちが両方同じ言語を流暢に喋れれば、直接電話なり、テレビ会議なりで話し合えばいいわけです。しかし、「本社の多くの人が英語を苦手としており、海外拠点の人たちは現地の言語あるいは英語しか使えない」という状態では、意思疎通はかなり困難になります。その結果、「よくわからんから、やっぱり日本人を送って現地のことを把握させたい」し、「本社の意思がわかっている日本人が、現地を理解した上でマネジメントしたほうが効率がいい」という意思決定になるわけです。

ですから、本社側に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」という人たちが増えることで、海外赴任者を送り続けるニーズは減少する、と考えられます。個人的な経験からすると、TOEICで高得点を取れることと、「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」ということの間にはかなりの壁があるので、果たしてTOEICを管理職登用の条件にすることがこれに寄与するのだろうか、という懸念はあります。とはいえ、組織自体のベースラインが上がることで、上記のような条件を満たす人の比率も増えて行く可能性はあるかと思われます(と、いうか、それが狙いなわけですしね)。

私自身は、赴任者を減らせばいい、と思っているわけではありません。むしろ、赴任者は重要な役割を担っているので、「欧米企業より日本企業は赴任者が多い、だから赴任者の数を減らすべきだ」という議論は単純で乱暴だと思ってます。が、一方で、赴任者にコストがかかるのは現実な訳で、語学力が高めることで赴任者の必要性が下がる、というのは、一つの経営の選択肢としてあっていい、と思っています。

次に(2)海外拠点から本社への知識の還流が増えることについても、同じようなロジックです。「海外拠点から本社への知識の還流」というのは、具体的に言えば、海外拠点が接している市場の状況が的確に本社で認識されたり、あるいは、海外拠点で生み出された新しいマネジメントのノウハウや技術などが本社に認識され取り入れられる(あるいはさらに他の拠点に横展開される)といったことが考えられます。

多国籍企業にとって、「本社から海外拠点に知識を移転する」ことは、ほとんど当たり前と言っていいことです。というのも、そもそもの海外展開の狙い自体が、「本国で生み出された様々な技術やノウハウをもとに、海外でも事業展開して稼ごう」というものであることが多いからです。また、経営意思決定をする本社の幹部が、本社での物事のやり方や、本社で生み出された技術やノウハウに詳しいから、でもあります。「あれを現地にも持っていけばいいじゃないか」と考えやすいわけです。一方、海外拠点から本社への知識の移転はそうではありません。まずは、海外拠点が成熟し、自分たちで市場をとらえ、新たな知を生み出す努力を自分たちでできる水準に到達する必要があります。その上で、海外拠点が獲得し、生み出した知識(=現地の市場に対する理解や、現地独自のノウハウや技術)の内容と価値を本社側が理解できないと、海外拠点から本社への知識の移転は生じません。そして、そこには、上述の通り、文化や社会制度が違う(=当たり前の前提条件が違う)ことが壁になるわけです。

過去の研究から、「本社から海外拠点への赴任者」や、「海外拠点から本社への逆赴任者」といった形で、人を赴任させることは、現地から本社への知識移転を促進することがわかっています。上記の(1)のロジックにそえば、本社に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」人が増えることで、「人を赴任させる」ことに加えて、「共通の言語で話し合う」ことで、さらに知識の移転がされやすくなる、と考えられるわけです。さらには、赴任者が果たしてきた知識移転の役割を、遠隔での直接対話で代替できるかもしれません。

このように、「英語力を高める」ための人事施策には、確かに、国際ビジネス上の事業活動のあり方自体に変化を生む可能性があるわけです。

ここで気になるのは、そろそろ検証が行われてもいいころでは?ということです。英語はあくまでもコミュニケーションの手段ですから、「従業員の英語力を高める」ための施策の成果として、本来検証すべきなのは、こうしたビジネス上の成果が上がることだと思われます。企業単位ではなかなか検証が難しそうですから、多くの企業のデータを比較して、果たして影響があったのか、といったあたりについて検証をしてみたいところです。

イギリスにいた際にお知り合いになった日本企業の赴任者の方々とのコミュニケーションから受ける印象では、「あんまり変化してないのでは?」という気もするのですが、だとするとそれはなぜなのか、ということが気になりますよね。ビジネスにいい影響を与えるために「英語力を高める」施策を打ったわけですから、それがビジネスのあり方の変化に結びついていないとすれば「施策が不十分だった」「他の要因が障害になっている」「成果が出るのにもっと時間がかかる」あたりの要因を探る必要がある、と思うわけです。

Brexit=イギリスへの投資が減る、は短絡すぎる。

昨日ちょうど、Brexitに関するTheresa May首相の大きな演説があり、改めてイギリスのEUからの離脱について関心が高まった訳ですが、今日はこのことが企業にもたらす影響について少し考察をまとめておきます。

EU離脱に関しては、日本企業も様々な動きを見せておられまして、孫正義氏が率いるソフトバンクがARMに巨額の買収を仕掛けたとか、日産が、イギリス政府からBrexit後もヨーロッパとの交易条件が悪化するようなことはないようにする、という言質を取った上でイギリスの生産拠点に投資するとか、さらには、金融機関各社が財務大臣のHamond氏に直談判をしに行くといった出来事が、国民投票でのBrexit決定以降、次々と起こっておりました。

日本のメディアではどちらかというとBrexitに関して悲観的というか、イギリスは経済の先行きが暗いのでは、EUとの交渉はうまくいくのか、といったトーンの報道が多いように聞いています(直接日本の報道をチェックできていないので、国内の知人達からの伝聞だよりです。間違ってたらすいません)。上記の金融機関各社の動きにも見られる通り、EUへのアクセスが悪くなることで、イギリスに拠点を置いている企業がビジネスを大陸側に移す、また、新たな投資が行われなくなる、ということへの懸念はわからなくもありません。

が、実際にイギリスでニュースを見ていると、Brexit後に、新たにイギリスで拠点を拡大する、あるいはイギリスに戦略的な拠点を置くことにした、それにあたって新たに雇用が増える、といった意思決定をした企業が目白押しです。Googleがロンドンにあらたな拠点を設けて3000人を雇用し、Appleはイギリス郊外に新たな巨大キャンパスを設置、Facebookがロンドンの拠点を1.5倍に拡大、さらにはIBMがデータセンター機能を3倍に拡大するということです。最近も、ミールデリバリー事業を世界中で展開しているDeliverooがロンドンの本社を拡大して、ハイスキル人材を新たに雇用すると言うニュースが出ておりました。

読者の方は既にお気付きだと思いますが、ITに関連する高スキル系の拠点ばかりでして、製造業の話で大きいのは上述の日産くらいです。これは一体なんなのか?という話です。

そもそも、企業が海外に投資する理由には大きく4つあると言われておりまして、①その国の市場でモノ・サービスを売る、②その国でしか取れない資源(金属とか石油とか)を調達する、③コスト面での優位を獲得する(一時の中国のような人件費の話もありますが、規制が緩いというのもコスト面では優位になりますし、税制優遇なども同様です)、そして④その国に偏在している知的資源にアクセスする、というのがあります。

最初の3つは古典的なのですが、①については後で関連してくるので1点補足を。実は、売るだけならば現地の企業と契約して輸出する、でもいいのです(さらにその派生としてはライセンスやフランチャイズなどがありますが、ここでは省略します)。それなのになぜ現地に拠点を置いて自社で売るかというとA)本国から運ぶと輸送費がかかって効率が悪い(特に重さやサイズに対する付加価値が低い製品に当てはまります、B)関税や規制などの障壁があり、現地で作ったほうがコスト的に有利、あるいは現地で作らないと売れない、C)価格政策やブランドマネジメントなどを自社できっちりコントロールできる、などなどの理由があります。

また、④は比較的新しい(と言っても2000年以降くらいの話ですが)観点です。この、4つ目の話には、産業クラスターが密接に関わります。シリコンバレーがわかりやすいですが、特定の産業が集中している場所には、それに関連したスキルを持つ高度な人材が集中しやすく、なおかつ、人脈を通じて新しい情報が手に入りやすい、さらに言えば関連サービス(例えばシリコンバレーの例で言えばインキュベーターやVC)も集まっている、と、場所に依存した濃密な知的資源が渦巻く傾向があり、それらにアクセスしようとすると、その場所に拠点を持って、人脈の中に入り込むのが早い、となるわけです。余談ですが、ロンドンで言えば、映画などのSFX の画像処理の世界有数のクラスターらしく、専門性の高い小さいスタジオが無数に集まって、濃密なネットワークを形成していて、ハリウッドの映画などもかなりがロンドンで画像処理が行われていたりする、らしいですね。

さて、そもそも論が長くなったので、そろそろEUの話に戻ります。

ここに、EUなどの経済ブロックがどう関わるというと、単純に言うと①の範囲が拡大するのです。EUの中は規制が統一されており、関税がかからない、しかも物理的な距離もかなり近い、となると、イギリスで製造したモノを、なんの障害もなくEU中で売れるわけですね。正確に言うと、EU内のどこで製造しても、EU全域が市場になります。金融の場合も同じで、従来であれば各国によって金融の規制が異なり、それぞれに拠点を置いて金融取引の免許を取らないといけなかったのが、「パスポーティング」という制度のおかげでイギリスの拠点でEU中のどこにでも金融サービスを提供できるようになっています。

これが、EUから出ると、こうしたメリットがなくなる、あるいは薄れるために、イギリスの企業がヨーロッパに売れなくなって困るのではないか、また、イギリスに投資する企業が減るのではないか?というのがBrexit後のイギリスに対する悲観論のベースにあると思われます。ですが、イギリスへの投資に限って言えば、上記の通り、新しい投資の話が結構頻繁にあるわけで、この発想は必ずしも正しくありません。

ここでポイントになるのは、この手の投資の主たる目的が①なのか?ということですよね。イギリスでモノをつくってEUに運んで売ることを考える場合には、EU離脱は大いに問題になりえます。特に、これから始まる自由貿易交渉がうまくいかなかった場合はそうです。また、金融も同じですね。ロンドンのシティで人を採用して、EU中にサービスを提供する、というのができなくなるかもしれない、困る、というわけです。

しかし、上述のテクノロジー企業がイギリスに投資するにあたって彼らが重視しているのは、EU市場へのアクセスなどではなく、高スキル人材の調達のしやすさだと思われます。例えば、Facebookはロンドンの拠点拡大の目的を以下のように説明してます。

“Many of those new roles will be high-skilled engineering jobs as the UK is home to our largest engineering base outside of the US,” said Ms Mendelsohn, who is vice-president for Europe, the Middle East and Africa at Facebook.(BBCより引用

イギリスはソフトウェアの開発拠点であり、ハイスキルのエンジニアを採用するという話です。同様に、Googleも投資にあたって以下のように述べています。

“We see big opportunities here. This is a big commitment from us – we have some of the best talent in the world in the UK and to be able to build great products from here sets us up well for the long term.”

“The innovation we see here, the talent we have available here and how on the cutting edge of technology we are able to be here makes it an incredible place for us to invest,” he said.(BBCより引用

やはり、イギリスの人材(Talent)が大きなポイントとなっています。ここからは、イギリスのハイスキル人材を獲得し、世界に向けたサービス開発の拠点として活かしていこう、という方針が見えてきます。上記の海外進出目的でいえば、④知的資源へのアクセスが目的、というわけです。

冒頭で挙げたAppleやGoogle, IBM, Facebook, Deliverooは、いずれも製造業でも金融でもありません。ウェブ上で提供できるサービスは世界中どこにいても提供できるわけですし、それを支える技術の開発もどこでやってもいい。そのための人材がいるか、イノベーティブな人たちのネットワークがあるか、が大事なわけです。このように、距離や規制に関係なくどこにでもサービスを提供できる立場から考えれば、イギリスがEUの単一市場の一部だということは、イギリスに投資するメリットには殆どなりません。逆に言えば、イギリスがEUから出てもあんまりデメリットはないはずです。

考えてみればARMについても同じで、彼らは半導体の設計を中心に開発機能に特化した企業で、製造は自分でやってません。開発した技術をライセンスとして他社に提供することで稼ぐ会社です。イギリス(や世界各地)の拠点で開発した知的資産(IP)は、世界のお客さんに提供されるわけで。おそらくイギリスにある拠点の中で、EUの市場にサービスを提供するための機能は営業などの一部機能に限られると思われます。どのみち、営業機能はEU内と言ってもイギリスに集約するより各国においたほうが効率良いかもしれませんしね。

さらにこの考えを推し進めると、日本企業の中でもイギリスに製造拠点を置いてEU内市場に輸出をしている場合は別ですが、それ以外の、「イギリスにヨーロッパ向けの開発拠点はおいているけども製造自体は東欧でやっている」とか、「イギリスに欧州・中東・アフリカの統括機能をおいているけれども、製造は東南アジア、販売は欧州の各国」みたいなパターンの企業は、Brexitによるマイナスの影響がものすごくあるのか?というと僕には正直、思いつきません。実際、イギリスにいる日系製造業の方と話していても、「製造と物流の機能はイギリスには置いてないんで、とくに影響ないんと思うんですよ」みたいな話は少なからず聞きますし。統括機能に関しては、開発の話と少し観点がかわりますが、税制が有利、各国への航空アクセスが充実してる、関連するプロフェッショナルサービスにアクセスしやすい(例えば会計事務所や法律事務所、コンサルティング、金融サービスなど)、英語で高度なスキルの人材が採用しやすい、統括する先との時差が少ない(欧州で中東やアフリカを統括するのは、旧植民地のつながりに加えて、これが大きな要素ですよね)みたいな条件がロケーションの選択の肝になりそうで、だとすれば、EUへの市場アクセスが大きく影響するとは思いにくいわけです。

と、いうことで話をまとめると、EU離脱によって問題が出るかもしれないのは、あくまでもEUを拡大国内市場と見て、そこに売るためモノを製造したり、金融サービスを提供する拠点としてイギリスに進出する、という話であって、EUに限らず世界を市場と見て、そのための独自の知的資産(例えば技術)を獲得、創出するためにイギリスに進出する、あるいは、グローバル(あるいは特定地域の)経営を統括する拠点として進出する、という話には殆ど関係がないはずです。むしろ、産業クラスターの形成が進んでいるか、といった、イギリスの独自性に関わる条件のほうがよほど重要ではないかと。

そして、Brexitによってイギリスは、産業や地域ごとに独自の税制や産業振興策をEUから離れて行うフリーハンドを得ますし、もともと世界で有数の大学が沢山ある国ですから、この手の知的付加価値の高い産業・機能を意図的に増やしていく動きが増えるのでは?と僕は推測しています。また、EUからの移民を制限する一方で、高スキルの労働者を歓迎することを一貫して変えない移民政策も、この方向性と合致してますしね。もちろん、これによってイギリス経済全体が幸せになれるのかは僕には確信が持てませんが(特に、金融でヨーロッパとの関係がどうなるか、はシティのイギリス経済における存在感を考えると気になるところです)、知識化・グローバル化する世界を前提にすると、非常に興味深い試みだなあ、と思います。(特に、Brexitに投票したロンドン以外のイングランドの人たちが、これによって幸せになれるのか?については、かなり疑問も多いのですが、それはまた別の議論ということで)。