海外拠点間の人事制度の統合をめぐるチャレンジ

先日、中国に拠点を構える日本企業で経営や人事にかかわる責任者の方々をお招きした小規模なディスカッションの機会を持ちました。その際に議論になったのが、中国に複数ある拠点にどのように世界共通の人事の枠組みを落とし込んでいくか、と言う問題です。

日本で働いていると、普通は社内で人事制度は統一されているものなので、海外赴任の経験がない方には、なぜこういう問題が生じるのか、よくわからないと思います。こうした現象が生じる経緯としてよくあるパターンはこういう感じです。

  1. 社内にある様々な事業がそれぞれに海外拠点を設立する。各事業ごとにそれぞれの事業運営上の思惑の中で立地や設立の形態、持たせる機能は様々。
  2. 拠点の設立にあたり、各事業から赴任者を送り込む。ただし、まずはオペレーションを立ち上げることが優先のため、多くの場合、生産や営業など実業部門の専門性を持つ人材と、財務の専門家が送り込まれる。
  3. この人たちが、自分たちの専門分野の仕事の傍ら、人事制度を整備する。現地で人事経験者(採用や給与計算、労務管理などができる人)を採用し、運用を任せる
  4. この結果、本社の人事制度や現地人事の意見をベースに、それぞれの拠点が自分たちの業務の特性に合わせた制度を設計し、実行するようになる。
  5. それらの拠点の運営が軌道に乗り、ある程度成熟してきたところで「地域統括会社を立ち上げる」という話が持ち上がる。中国であれば中国本土の拠点を統括する拠点、あるいは韓国や台湾の拠点も合わせた東アジア統括拠点、といった形が一般的。
  6. それに合わせて、人事の地域統括部門を設け、人事の専門家が送り込まれる。この方々は、各拠点に不足している人事の専門性を補いつつ、地域として共通の人事施策を実施していくのが役割になる。
  7. さらに、この頃になると、各拠点で、次世代幹部人材の育成が問題になる。日本人幹部だけで組織運営する段階から、現地の人材を登用し、戦略形成やイノベーションの核を任せていくことが狙い。

さあ、ここで問題が表面化します。というのも、各社の人事制度はバラバラで、しかも、人事のプロではない人たちが、日本人赴任者を中心に組織運営することを前提に設計、運用した制度だからです(もちろん、当事者である初期の赴任者たちが悪い、というわけではありません。その人たちが、与えられた状況の中で真面目に検討した結果であることがほとんどです。そもそもこういう状態にならないようにするにはどうするか、については最後に触れます)。

多くの場合、「各階層に求める要件」が明確に定義されていなかったり、仮に定義されているとしても「自ら主体的に動いて影響力を発揮する」ことが管理職にもとめられる役割に含まれていなかったりします。むしろ、「日本人の言うことを素直に聞いて動く」人たちが重用される人事運用になっていたりします。

また、日本でもままあることですが(というか、日本のあり方がそのまま移植されている、といったほうがいいかもしれません)、厳しいことも含めて率直に評価をフィードバックして評価を能力開発につなげる慣行が確立されていなかったり、パフォーマンスに応じて評価にメリハリをつけることも行われていなかったりします。

加えて、各社の人事制度がバラバラだと、各拠点横断の幹部研修を実施しようにも候補者選びの基準が設定しにくいです。また、リーダーシップ開発の定番である「未経験の職務を通じて視野や能力の幅を広げる」ことをやろうにも、拠点を超えた人の登用、異動も難しい。さらに、リーダーシップ育成の研修をやったとしても、人事制度とその運用が上記のような状態のままでは、研修で学んだ効果は一過性になってしまうことが目に見えています。

と、いうわけで、「自社としてのリーダーに期待する要件」をきちんと反映した世界共通、あるいは地域共通の人事制度の枠組みをつくり、各拠点に落とし込む、というのが本社人事、地域統括人事の大きなテーマになってきます。

これは、本社人事や地域統括人事の立場から見ると、かなり合理的な話です。

また、各拠点の人たちから見ても、登用されるべき人たちがきちんと登用され、現地の人材に中核的な仕事を任せていくための取り組みですから、長期的に見れば良い話、のはずです。

が、もちろん話はそう簡単にいきません。

そもそも、現在、各拠点の人事を担っている人たちは、今の仕組みを整備して運用してきた人たちですから、「今の仕組みで十分回っているのに、なぜ、わざわざ外から誰が作った仕組みを入れて、ゼロから運用を組み立て直さないといけないのか」と考えるのは(近視眼的ではありますが)自然な話です。

一方、現在、各拠点の管理職を担っている現地の人材は、脅威にさらされます。というのも、今までは日本人幹部の指示の元で受動的に動いていれば良かったのに、自ら主体的に動いてリーダーシップを発揮しろ、という、それまでに期待されてこなかったことをいきなり求められるからです。抵抗する人が出てもちっともおかしくありません。また、趣旨に賛同するとしても、今まで適当にこなしてきたフィードバックをきちんとやれ、と言われたりするわけで、面倒が増える、と感じる人もいるでしょう。

というわけで、これは結局のところ「変革プロジェクト」なのです。

組織において新しいことをやろうとすると、賛同する人も、反対する人もいて、どちら付かずの立場で批判的に見る人もいる、というのが一般的ですよね。

こうした問題に関わる人事の方々がこの活動を「人事制度の展開」として、トップダウンで順次落とし込んでいけばいい、と考えると現地の反発を買いがちです。押しつけに見えるからです。それよりも、これを「変革のプロセス」なのだ、というふうに捉えて推進するべきです。

新たな取り組みに対する(現地の人事や管理職も含めた)賛同者を集め、変革を正当化するロジックをつくり(=やらなければいけない理由、やることで幸せになれる未来像を明確化する)、全員にメッセージを発信し、賛同者を核に小さな成功事例を生み出し、その成功例をレバレッジして賛同者を増やしていく、そして、古い仕組みや考え方に固執する人を徐々に取り除いていき、新たな取り組みを定着させる、というのが変革の一般的なプロセスです。

こうした視点から取り組みを設計すれば、今、自分たちがどこにいて、次はどんなアクションを取るべきなのだろうか、というのが見えてくるはずです。

「古い仕組みや考え方に固執する人を徐々に取り除いていき」という部分が最大の難関でしょう。「考え方を丁寧に伝え、育成施策も行うことで生かしていく」という考え方もひとつですが、どうにもならない場合もあるので、最初から、「彼らをポストオフして、新しい考え方に会う人たちに登用の機会をつくることも辞さない」ということも前提にしたほうがむしろうまくいくケースが多い、というのが私の考えです。

あとは、「世界・地域共通の制度」といっても、何でもかんでも共通化する、というのはやめた方が良いですね。拠点のビジネス特性や現地の慣行を鑑みて、「譲れない部分は共通化した上で、現地適応すべき部分は現地適応する」という考え方のもと、各拠点の人々と作り込んでいく、というアプローチの方が、結果的に進みやすい、というのが先行研究からもわかっています。

 

もう一点、考えるべきは、そもそもなぜこうした問題が生じたのか?ということです。冒頭でご紹介した1〜7のプロセスに戻ってみましょう。

私が考えるに、ポイントは3と4にあります。「現地に戦略的な人事のプロ(本社から派遣するにせよ、現地で採用するにせよ)を置くのが遅い」上に、「そもそも標準がない」ので、現地で戦略的な人事のプロではない人が自己流で制度を設計せざるをえない、というのが全ての始まりです。

そう考えると、こうなる前に本社の人事がやるべきことがある、というのが浮かび上がってきますね。まあ、企業が多国籍化するプロセスではここまでのことは思いつかない、というのも当然なのですが、日本企業の多くはそれなりに国際展開の経験があるわけです。ですから、そうした取り組みを積極的に行わない理由はもはやない、はずです。

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英語に関する人事施策は、果たして日本企業の国際経営に影響しているのか?

久しぶりの投稿です。上海に到着してから3ヶ月というもの、新しい職場での仕事の立ち上げに慌ただしかったのと、各種のインターネットサービスへの接続が制限されている(例えばフェースブックは中国では普通にしてると読めません)のを言い訳に、ブログ投稿をサボっておりました。すいません。今年は心を入れ替えて、もう少しこまめに投稿してこうと思ってます。

今回のネタは、英語です。以前にも書きましたが、英語は事実上のビジネス公用語となっています。非英語圏であっても英語でコミュニケーションができることが、グローバルでのビジネスを加速しているし、逆に、グローバルなビジネス機会の存在そのものが、英語を学習することの価値を高めている、とも言えますね。BBCやCGTN(China Global Television Network = 中国版のBBCやCNNのようなグローバルニュース局。日本ではあまり知られてないと思いますが、コンテンツのレベルは結構あなどれません)を見ていると、世界中のどこに行っても英語でインタビューに答えられるビジネスパーソンや市民がいることには驚かされます(もちろん、そういう人を探してインタビューしてるわけですし、ブロークンな英語であることが多いですが、それでも自分の言いたいことを表現して伝えられることが印象的なわけです)。

しかしながら、日本人ビジネスパーソンを全体として捉えると、その英語力はあまり芳しいものではありません。。例えば、EF English Firstがリリースしている世界のビジネスパーソンの英語力ランキングでは、日本は先進国の中ではフランスやイタリアと並んで英語が苦手な国の一つとして扱われています。もちろん、非常に流暢に英語を操る方々もいらっしゃるわけですが、平均すると、英語が苦手な人が多いのが現場です。

この現場への対策として、様々な企業で英語力を採用や昇進昇格時の条件に組み込む取り組みが行われています。経営のグローバル化に対応するためには、管理職が英語を扱える必要がある、というわけです。楽天のような、前者で英語を公用語化にする、といったアプローチから、TOEICなどで一定の点数が取れないと一定ランク以上のポジションに昇進昇格されない、といったアプローチまで幅があります。また、従業員向けに英語教育を充実させている企業もありますね。

さて、ここで疑問になるのは、果たしてこうした施策がどれくらい実際の経営活動に影響を与えているのだろうか?ということです。

仮に、こうした施策の結果、ビジネスで使えるレベルの英語力を持つ管理職が増えたとすれば、そこから生じそうな変化としては、(1)海外赴任者が減る、(2)海外拠点から本社への知識の還流が増える、の2つが考えられます。

(1)海外赴任者を派遣する理由は様々に存在しますが、その重要な要素が「本社と海外拠点の意思疎通の橋渡し役」です。本社と海外拠点の間に存在する地理的な距離や、文化や社会制度の違いは、「方針の伝達」や「現場の共有」などの意思疎通の壁になります。そこに、さらに「言語の違い」が加わります。本社と海外拠点の人たちが両方同じ言語を流暢に喋れれば、直接電話なり、テレビ会議なりで話し合えばいいわけです。しかし、「本社の多くの人が英語を苦手としており、海外拠点の人たちは現地の言語あるいは英語しか使えない」という状態では、意思疎通はかなり困難になります。その結果、「よくわからんから、やっぱり日本人を送って現地のことを把握させたい」し、「本社の意思がわかっている日本人が、現地を理解した上でマネジメントしたほうが効率がいい」という意思決定になるわけです。

ですから、本社側に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」という人たちが増えることで、海外赴任者を送り続けるニーズは減少する、と考えられます。個人的な経験からすると、TOEICで高得点を取れることと、「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」ということの間にはかなりの壁があるので、果たしてTOEICを管理職登用の条件にすることがこれに寄与するのだろうか、という懸念はあります。とはいえ、組織自体のベースラインが上がることで、上記のような条件を満たす人の比率も増えて行く可能性はあるかと思われます(と、いうか、それが狙いなわけですしね)。

私自身は、赴任者を減らせばいい、と思っているわけではありません。むしろ、赴任者は重要な役割を担っているので、「欧米企業より日本企業は赴任者が多い、だから赴任者の数を減らすべきだ」という議論は単純で乱暴だと思ってます。が、一方で、赴任者にコストがかかるのは現実な訳で、語学力が高めることで赴任者の必要性が下がる、というのは、一つの経営の選択肢としてあっていい、と思っています。

次に(2)海外拠点から本社への知識の還流が増えることについても、同じようなロジックです。「海外拠点から本社への知識の還流」というのは、具体的に言えば、海外拠点が接している市場の状況が的確に本社で認識されたり、あるいは、海外拠点で生み出された新しいマネジメントのノウハウや技術などが本社に認識され取り入れられる(あるいはさらに他の拠点に横展開される)といったことが考えられます。

多国籍企業にとって、「本社から海外拠点に知識を移転する」ことは、ほとんど当たり前と言っていいことです。というのも、そもそもの海外展開の狙い自体が、「本国で生み出された様々な技術やノウハウをもとに、海外でも事業展開して稼ごう」というものであることが多いからです。また、経営意思決定をする本社の幹部が、本社での物事のやり方や、本社で生み出された技術やノウハウに詳しいから、でもあります。「あれを現地にも持っていけばいいじゃないか」と考えやすいわけです。一方、海外拠点から本社への知識の移転はそうではありません。まずは、海外拠点が成熟し、自分たちで市場をとらえ、新たな知を生み出す努力を自分たちでできる水準に到達する必要があります。その上で、海外拠点が獲得し、生み出した知識(=現地の市場に対する理解や、現地独自のノウハウや技術)の内容と価値を本社側が理解できないと、海外拠点から本社への知識の移転は生じません。そして、そこには、上述の通り、文化や社会制度が違う(=当たり前の前提条件が違う)ことが壁になるわけです。

過去の研究から、「本社から海外拠点への赴任者」や、「海外拠点から本社への逆赴任者」といった形で、人を赴任させることは、現地から本社への知識移転を促進することがわかっています。上記の(1)のロジックにそえば、本社に「海外拠点の人たちと直接、言葉を尽くして英語でコミュニケーションするのが苦にならない」人が増えることで、「人を赴任させる」ことに加えて、「共通の言語で話し合う」ことで、さらに知識の移転がされやすくなる、と考えられるわけです。さらには、赴任者が果たしてきた知識移転の役割を、遠隔での直接対話で代替できるかもしれません。

このように、「英語力を高める」ための人事施策には、確かに、国際ビジネス上の事業活動のあり方自体に変化を生む可能性があるわけです。

ここで気になるのは、そろそろ検証が行われてもいいころでは?ということです。英語はあくまでもコミュニケーションの手段ですから、「従業員の英語力を高める」ための施策の成果として、本来検証すべきなのは、こうしたビジネス上の成果が上がることだと思われます。企業単位ではなかなか検証が難しそうですから、多くの企業のデータを比較して、果たして影響があったのか、といったあたりについて検証をしてみたいところです。

イギリスにいた際にお知り合いになった日本企業の赴任者の方々とのコミュニケーションから受ける印象では、「あんまり変化してないのでは?」という気もするのですが、だとするとそれはなぜなのか、ということが気になりますよね。ビジネスにいい影響を与えるために「英語力を高める」施策を打ったわけですから、それがビジネスのあり方の変化に結びついていないとすれば「施策が不十分だった」「他の要因が障害になっている」「成果が出るのにもっと時間がかかる」あたりの要因を探る必要がある、と思うわけです。

中国と日本では「全てを語らない」コミュニケーションは共通だが、だからと言って、中国人と日本人の間でそれが通じるわけではない。

 

以前の書き込みで、日本企業における「全てを語らない」コミュニケーションの、海外展開における問題。という話を書きました。簡単に言うと、日本企業では、考えていることの「全てを語らない」コミュニケーションが一般的で、こういうコミュニケーションは、同じ組織で長い経験を積んだ、「当たり前」を共有した人たちが集まっている日本の職場では機能するものの、そうした共通の土台がない海外拠点の従業員には、それはほぼ通用しない、と言うお話でした。

その原稿でも軽く触れましたが、こうした「みなまで語らない」コミュニケーションは、日本人だけの特徴ではありません。私が現在、働いている中国にも似たようなところがあるようです。

実際、比較文化研究で、従来から東アジアの国々(日本や中国、韓国など)の特徴として、「全部を語らない」コミュニケーションスタイルはよく知られているのですが、改めて中国の大学に着任してみて、「本当にそうなんだ」と感じているところです。先週、中国に着任してから、勤務先の組織管理学部の教授たちと親睦を深めるために何回か個別にランチをとるなかで、「中国の組織の特徴」として異口同音に語られたのが、このポイントだったのです。

例えば、僕が所属する組織経営学部の学部長である周教授いわく、

「得てして中国人の間のコミュニケーションは、相手に配慮して、はっきり言わないのが良しとされがち。お互いに意図を探り合ってばかり、というのがよくある。」

ということです。この話は、

「だけど、うちの学部では、そんなことをしてたら研究の発展はないと思っている。なので、お互いに厳しい意見も含めて率直に言い合うことを重視してる。君も言いたいことがあったらストレートに言って欲しい」

という風に続くのですが、わざわざそれを口に出して説明する、ということは、普通にしていると「いいたいことがあってもはっきり言わない」コミュニケーションになりがちだ、ということでしょう。

この教授は50代の中盤ですが、もっと若手の中堅研究者たちに聞いても「はっきり言葉に出して要望されなくても、相手の言外の意図を察して行動しないといけない場面は、中国の組織ではよくある」という話が出てきましたので、年配者だけの傾向とは言えないようです。

そういえば、LSEで教えていた時も、中国人の学生はどちらかというとアメリカ、ヨーロッパの学生が授業の中でガンガン、ストレートに話す傾向があるのとは対照的に、遠慮がちで周りの雰囲気を見ながら発言をする傾向がありました。

 

ここからは、「中国人は、全部を語らないコミュニケーションへの適応力が高いのでは?」という仮説が成り立ちます。だとすれば、中国に赴任した日本人上司が「全部を語らない」日本流のマネジメントをしても、中国の現地従業員はそれをうまく理解して、対応してくれるのでは?ということです。

残念ながら、筆者が知る限り、全くそんなことはありません。むしろ、日本人が「全てを語らない」コミュニケーションをすることに対して、中国人部下はフラストレーションや不安を感じていて、そのことがマネジメント不全になっている、と言うケースは、そこかしこで耳にします。

日系企業の中国現地法人でインタビューをしてみると、

「日本人上司は、自分の考えていることを、全然はっきり口にしない。
そういう上司は信頼できない」

「何を期待されているのか、何をやれば評価されるのかが分からないので不安になる」

といったコメントが頻出するのです。逆に、日本人赴任者からも、

「日本と違って、あらゆることを言葉にして説明しないと、現地従業員に自分の意図が伝わらない。また、現地の従業員は、何でもかんでも言語化、数値化して、はっきり示して欲しい、と求めてくる。」

「日本のスタイルを変えられない赴任者は、たいてい成果が出ない。部下が付いてこないし、下手をすると辞めてしまう」

といったお話をよく伺います。

ここからは、中国人の間では「全てを語らない」コミュニケーションに慣れている人たちであっても、「日本人ー中国人」の間のコミュニケーションでは、その能力を発揮できない、ということがわかります。

前回の議論の通り、日本の組織での経験がない中国の現地従業員に、日本で共有されている「当たり前」を前提にした「全てを語らない」コミュニケーションは通じないのです。さらに言えば、育った社会環境や日々の生活の中で接してきた情報も異なっているわけで、様々な面で「日本人同士の間であれば言わなくても通じる」はずの共通認識が、「日本人と海外拠点の現地従業員」の間には成立しにくいのです。

逆に言えば、「全てを語らない」コミュニケーションが通用するのは、同じ社会、同じ組織、で過ごしたことが共通体験として存在し、「全てを語らない」でも「言外の意図」の推測が可能な特殊な環境だけだ、と考えるべきなのでしょう。

 

Baidu学术が、研究者の必須ツールであるGoogle Scholarの単なるパクリを超えていて、結構使える件について

今回は中国のウェブ検索大手(荒っぽくいうと中国のGoogleみたいな会社)であるバイドゥの提供している、研究者向けの論文検索サービス「Baidu学术」について。大学等の研究者、あるいは、大学にいないけど学術論文を読む機会のある方にはかなり耳寄りな情報のはずですが、自分は違うなーという方にはどうでもいいと思います。予めご了承ください。

さて、みなさんご承知の通り、中国では中国外で使える様々なウェブツールが使えません。その代表格がGoogleの一連のサービスです。VPNを使えばいいわけですが、だとしても中国では総じて海外へのネットワークが遅いので、ちんたらしていてイライラします。

タイトルにあるGoogle scholarは、研究者の皆さんにはおなじみの、ほぼ必須ツールと言っていいと思われるサービスです。何をしてくれるかというと、以下のような機能があります(他にもいろいろありますがここでは割愛)。

  • 世界中で発表された学術論文を検索できる。
    単純にウェブで検索すると、有象無象の多種多様なウェブサイトが引っかかってしまいますが、Google scholarで検索すると、学術論文だけをピックアップして表示してくれます。
  • 論文に関する基本情報を検索結果に表示してくれる
    検索で引っかかった論文の著者が誰で、どの学術誌に載っているか、どれくらい他の論文から引用されているか、など、研究者が論文をチェックする上で参照したい情報をちゃんと検索画面に出してくれる
  • 引用情報をダウンロードできる
    学術論文のお作法として、「他の研究者がすでに論文などで述べていることを引用・参照して書く場合は引用元を明記する」「論文の最後に、引用論文の詳細を書く」というのがあります。大抵、100近い論文を引用するので、これが大変な手間。なので、引用情報(タイトル、著者、掲載学術誌名、などなど)をEndnoteやMendeleyなどの文献情報管理ソフトで管理するのですが、Google Scholarからは、これらのソフトに論文の引用情報を読み込めるファイルをダウンロードできます。これにより、いちいち手入力しなくてよくなるので、非常に助かるのです

ただし、弱みもあるので(ここでは割愛しますが)、他の検索ツール(web of knowledgeとか)と並行して使ってます。

で、問題は、これも中国からは使えないということです。流石に職場の大学のネットワークからだと使えるのですが、一般の家庭用のネット接続を使っている自宅からだと使えません。もちろん、VPNを使って接続してもいいのですが、まあ、それも手間ですし、遅いという問題は解決しません。

と、いうことで、Google scholarに頼って自宅で研究をするのはあまり現実的ではありません。なので、おそらくBaiduさんが同じようなサービスを提供しているだろう、という仮説の元、Baiduのサイトをチェックしてみました。そしたらやはりありました。その名も、

Baidu学术(=学術)

なるサービスです。で、驚くべきことに(いや、想定通り、というべきかもですが)Google Scholarの見事なパクリでありまして、検索画面は完全にそっくり。

まず、こちらがGoogle Scholar。Google scholar

で、こっちがBiadu学术で同じ研究書を検索した画面。はい、色がちょっと違うのと、出てくる順番が微妙に違いますが、ほぼ同じです。そして、当たり前のように自宅でも使えます(いや、これが嬉しいのは中国に住んでる人だけか・・・)し、反応もGoogle scholarよりもかなりに早いです(あ、これも世界のネットにサクサクつながるネット環境の人には関係ないですね・・・)。

Baidu scholar

ですが、大事なのはここからでして、BaiduにはGoogleにない(研究者にだけしか価値がわからないであろう)ミラクルな機能があるのです。それが各論文の右下に表示されているBaidu scholar 2というボタンと、スクリーンの右下にあるブルーの○です。

これらが何をしてくれるかというと、引用情報が欲しい論文についてBaidu scholar 2のボタンを押すと、その情報を裏でストックしてくれる(アマゾンのショッピングカートみたいな感じ)のです。そして何本も連続で検索→Baidu scholar 2ボタンをクリック、ということを続けていくと、その数だけ、右下のブルーの○に数字が表示されてきます(上の写真だと、3ですね)。その上で、この○をクリックすると・・・

Baidu scholar 3

このとおり、ストックした論文の情報が一覧で表示され、なおかつ、これが実に素晴らしいのですが、「导出至」というボタンをクリックすると、これらの論文の引用情報が一括ダウンロードでき、Endnoteに一括で情報を読み込めるのです。うーん便利。引用情報をダウンロード→そのファイルをクリック→Endnoteで内容確認、というステップを論文一本ごとにやってたことから考えると格段の生産性向上であります。

ちなみに、研究者の方からは(他の論文検索サービスである)Web of Knowledgeにも似たような機能があるじゃん、というツッコミが帰ってきそうですが、Baiduのほうが格段にスピードが早いのと、操作性がいい感じがします(ただまあ、Baiduでは学術誌を指定して検索するとか、その辺の機能が足りないので、Web of Knowledgeと併用になりますが)。

 

まあ、中国のウェブ環境についてはいろいろ毀誉褒貶がありますが、このウェブサービスはかなり便利なので、共有させていただきました。なお、検索結果の品質や、表示される論文の差異(例えば、Google scholarだと表示される論文がBaidu学术だと表示されないとか、その逆とか)については検証してないので、ご容赦ください。

日本企業における「全てを語らない」コミュニケーションの、海外展開における問題。

日本のコミュニケーションの特徴の一つに、「あうんの呼吸」と「空気を読むこと」があります。平易な言葉で言い換えれば「言わなくてもわかるよね」「みなまで言わせるな」ということです。

日本企業での上司と部下の会話はそれが顕著です。例えば、「あれ、やっといて」と言われたら、その背景にある諸々の状況や、どれくらいの状態に仕上げればいいのか、といったことを推測した上で業務を進め、(報告を口に出して求められなくても)上司が「あれ、どうなった?」と聞く前に「例の件、こう進めてます」と報告するのが、当たり前です。逆に、それができないと、「あいつは何でもかんでも説明しないとできない」「まだまだ一人前とは言えないな」という扱いを受けがちです。

会議でも似たようなことがありますね。持ち込まれた起案に対して、様々な発言が出る一方で、結果として何が決まったのか、どの意見には賛同が得られなかったのかは明確に言語化されない。しかし、起案者はそれをまるっと持ち帰って、議論の様子や展開、参加者の力関係などを考慮しつつ、次の会議に向けて準備をする。そんなことも、様々なな企業で起きているのではないでしょうか。

いずれにせよ、口に出して語られたことが全てではなく、語られない、隠れた意図を読み取ることが重要だ、というのが日本のコミュニケーションの特徴です(そして、中国に着任して実感したのですが、これは日本だけの特徴ではなくて中国も似てます。詳しくは別途、書きます)。

 

これは、海外拠点のマネジメントにおいて大きな障害になります。というのも、このコミュニケーションが成り立つ前提には、「同じ組織で長い時間を過ごしてきたことによる文脈の共有」と、「ネイティブでの日本語力」があるからです。

 

そもそも、日本では、組織における「仕事のやり方、段取りの組み方」「仕事の評価の基準」「個人に求められる立ち回り」などを、新入社員が、周りの先輩の動きを見たり、彼らから怒られたりしながら、数年間かけてじわーーーーーっと学んでいきます。その結果、「全てを語らない」コミュニケーションでも、裏に隠れた意図を読み取ることができるようになっていきます。これにより、管理職は「全てを語らない」でも、部下が意図を読み取ってくれる、という非常に嬉しい環境で仕事をすることが可能になります。

(余談になりますが、僕は、日本で様々な会社が新卒採用のメリットとして「他社に染まってない人材を、自社の人材に育てることができる」という風に語る背景には、この辺りも理由の一つにあるのではないかと思っています。もちろん、新卒採用には他にも様々な意味があるのですが、ここでは割愛します)

一方、海外拠点の従業員には、こうした「仕事のお作法」や「組織における当たり前」を、日本の組織で長い期間働いた人たちほど時間をかけて学ぶチャンスがありません。

なので、上記のような「共通の認識」があることを前提に行われる「全てを語らない」コミュニケーションを、日本の本社での勤務経験もない海外の現地従業員に期待するのは、どだい無茶な話なのです。彼ら、彼女らからすれば、解き方のわからない暗号を投げかけられているようなもので、どうにもならないだろうと思われます。

さらに、この問題を難しくするのは、言語の問題です。

ほとんどの海外拠点の従業員は、日本人のようなネイティブレベルの日本語力を持っていません(例えば中国は、世界の中でも例外的に、日本語を扱える人材が採用しやすい国ですが、それでも、ネイティブレベルで日本語を扱える人は稀です)。そして、日本人の側も、同じように、ネイティブレベルの英語力を持っている人は稀です。

そのため、日本語を共通語にするにせよ、英語を共通語にするにせよ、どちらか、あるいは両方が、「中途半端な語学力しか持っていない」状態でコミュニケーションをとるわけです。

日本人が、「英語ネイティブで、ぽんぽん英語で話を進める外国人上司」と話しながら、「空気を読め」と求められることを想像してみてください。よっぽど英語が得意ない人でない限り、「相手の話すこと」を理解し、「自分の言いたいこと」を話すのに精一杯で、相手が言葉にしていない隠れた意図を読むのに向けられる脳のキャパシティはかなり限られてしまうはずです。日本語のできる外国人が、(日本語ネイティブの)日本人と話す場合も同じようなことが発生するはずです。

逆に、「日本人が英語を使う」場合はどうでしょうか。このケースも問題は解決しません。日本語ですら、自分の考えていることを全て明確に言葉にしてコミュニケーションをしていない人が、英語でそれをできるとは思いにくいですよね。

これらの障壁を考えれば、日本人の「相手は全部言わなくても空気を読む」ことを前提にした「全部を語らない」コミュニケーションを、現地の従業員が理解できないのは、むしろ当たり前のことだ、と言えます。

これは、日本人が赴任者として現地に赴く場合であれ、本社にいる日本人が海外拠点の現地従業員と遠隔でコミュニケーションを取る場合であれ、共通して起こる現象です。驚くべきことに、数十年の海外展開の歴史を持つ、日本を代表するようなグローバル企業ですら、こうした現象は日常的に起きています。

解決策は・・・単純ではありません。なぜならば、日本で普通に暮らして育つと、「全てを語らない」「空気を読む」ことを学び、そのスキルを磨くことになるからです(逆に、それができないと、「いらないことを言う」「空気が読めない」と言われ、疎外されたりしますし)。また、一度、共通認識が育まれてしまえば、圧倒的にコミュニケーションが速い、というメリットもあります。

ですが、筆者が海外で成果を上げている日本人赴任者の方に伺う限り、少なくとも海外の人と話す場面においてはこうしたコミュニケーションスタイルを捨てて、「可能な限り、自分の考えを明確に表現する」スタイルを適応したほうが、成果が出やすい、ということは間違いがないようです。

業務スタート。

本日がちょうど中国到着から14日目です。

先週の木曜日(到着から4日目)にどこに住むか決め、金曜日には新居の契約を行い、大家にデポジット(日本でいう敷金みたいなもので、きれいに部屋を使えばちゃんと帰ってくる)を支払い。日曜日の午後にホテルを引き払い、無事引越しを済ませました。まだ若干ビザ周りの手続きは続いていますが(後日まとめます)、ほぼ、最初の1週目で生活のベースを整えることができました。人事と学部のスタッフ、あとは家探しを支援してくれた不動産屋さん(日朋住宅さんという現地で日本人ターゲットにやってらっしゃる会社です。非常に丁寧でしっかりしたサービスで、なおかつ、フィーもリーズナブルなので、上海で部屋探しされる際にはオススメです)に感謝であります。

で、先週の月曜日(到着から7日目)からは、通常の勤務をスタートしております。僕の勤務先の安泰経済与管理学院(「与」は、英語のandの意味。英語だとAntai College of Economics and Management)のビルの様子はこちら。 比較的最近できたビルだそうで、結構きれいです。経済学、ファイナンス、アカウンティング、マーケティング、組織管理、オペレーション管理、情報システムなどの学部に分かれており、全体で100人強の教員が所属してます。このキャンパスは修士・博士の学生を対象にした授業が行われており、学部生は別のもっと広いキャンパスで授業が行われています。

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そして、僕の研究室はこのビルの14階にあります。部屋の様子はこんな感じ。この部屋で研究や授業の準備をするほか、生徒の個別指導(質問を受けたり卒論のアドバイスをしたり)をします。LSEの標準的な研究室のサイズと比べると1.5倍くらいの広さなので、比較的恵まれている、と言って良いかと。

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最初の半期は授業を担当しないので、現在は粛々と研究を始めてます。ロンドンから継続してやっているプロジェクトがいくつもあるので、論文を書いたり、データの分析をしたり、新しい調査の設計をしたりですね。ただ、ご覧の通り、研究室も空っぽですし、大学の入館カードもまだ仮発行のものを使っていたり、名刺もまだ出来ていない状態ですので、まだまだ業務環境のセットアップには時間がかかります。

研究用の設備としては、PC用の外付けディスプレイ、プリンター、あとは、壁に貼り付けられるホワイトボードのようなものを購入予定。ディスプレイとプリンターについては、IT部門で購買を依頼。自分で選んでもいいのですが、こだわりがあんまりないのと、慣れない中国のサイトで探すのも時間が勿体無いので、プロにお任せです。ホワイトボードは、上海で研修会社をしている友人にいい商品を紹介してもらえたので、そちらを導入予定。

大学の入館カードと名刺は、事務手続き待ちです。日本でもよくある仕組みですが、学内の食堂はほぼ全て、入館カードで支払う仕組みになっている為、カードが手に入らないと食堂で飯が食べられないのであります。幸い、安泰 のビルの一階に入っているスターバックスは現金払いに加えて、微信や支付宝などのスマホ決済(中国では非常に一般的な支払手段)でも支払えるので、そちらでクロワッサンサンドなど買ってごまかしております。

 

最後に、仕事環境の重要な一部であるネット環境について少々 。 みなさんご存知の通り、中国ではGoogle, Facebook, Dropboxなどのアメリカ発のウェブツールはブロックされていて、普通には使えません。

ただ、さすがに大学は特別扱いなのか、Google Scholar (世界中の論文が検索できるツール)は使えます。また、Web of Knowledge(これも、論文検索ツール)も問題なく使用できました。各種の論文データベースと大学の図書館が契約を結んでいるので、ほぼ、僕の研究分野で必要になる論文は読めそうです。と、いうわけで、数日使ってみた限りでは、基本的な研究環境としては大きな問題はなさそうです。もちろん、中国から海外のインターネットへの接続容量はかなり限られているらしく、どうしてもロンドンで使っていた頃より若干遅いのは否めませんが、不満のないレベルではあります。

イギリスやアメリカ、日本の共同研究者とはファイルをDropboxで共有していますが、アクセスするには工夫が必要です。まあ、中国で働く上では避けられない制約なので、しょうがないですね。

 

また、研究室での仕事に加えて、中国にある日本企業に訪問したり、日本の協力企業とのテレビ会議があったりもしております。2月以降の下期(中国は大学の年度は9月始まり)からは授業も始めないといけないので、それに向けてどの講座を担当するかの打ち合わせも来週から始めていく予定です。

上海でのアカポス就職、最初の3日間が終了。早速、中国の洗礼を受ける。

中国でアカポス(アカデミックポスト)に就職し、現地に着任して、現在は4日目の朝です。

先週の月曜日(9/4)にロンドンのビザセンターでビザの申請をして、その日に引越しの荷物をイギリスのヤマト運輸に引き取りに来てもらい、水曜日(9/6)にビザを受け取り、同日、飛行機のチケットを押さえ、ロンドンの住居を引き払ってAirbnbの仮住まいに移動、そして、日曜日(9/10)にロンドンを立ち、月曜日(9/11)の朝8時に到着して、同日10時に大学の人事に到着を報告。怒涛の1週間でロンドンから上海への赴任を果たしたわけであります。

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大学の方は、ちょうど今週から新学期が始まっており、なんとか滑り込みで新学期のスタートに間に合いました。まあ、就労許可とビザを取るのに時間がかかりましたので、最後はダッシュで詰めた、という感じですね(その件についてはイギリス留学から中国の大学に就職する(その1)ビザ獲得への長い道のりと、イギリス留学から中国の大学に就職する(その2)日本国外からのビザ取得に関するあれこれをご覧ください)。

上海交通大学は2学期制を取っており、9月から1月が上半期、春節(中国の正月)を挟んで2月から6月が下半期、というスケジュールになっています。中国の大学が全部同じなのかはよくわかりませんが。僕のテニュアトラックの契約は最初の半期については授業はしなくて良い契約なので、本格的に教務に関わるまでにはまだだいぶ余裕があります。

と、いうわけで、最初の1週間は特に仕事もありませんので、他の新採用の講師陣と肩を並べての導入研修と、仕事のためのインフラの整備、家探しが今週の業務、ということになります。やったことは以下のとおり。

1日目:人事にて各種書類を提出(ビザのコピーとか、LSEの博士の学位証書のコピーとか)。仮発行の入館証を受け取り。諸連絡および、今後のスケジュールを簡単に打ち合わせ。

その後、大学が用意してくれた近隣のホテルにチェックイン。昼食を食べた後、事前に連絡を取ってあった現地の不動産屋と、大学近辺のアパートを見て回る。

2日目:終日、導入研修。ついに本格的に中国の洗礼を浴びることになります。

研修内容としては、中国における研究予算のあり方、各種論文データベースや統計データベースへのアクセス、学内のITシステム、購買の仕組み、海外出張のルール、経費清算のやり方などなど。内容はまあ、普通の新人研修ですが、オール中国語。スライドの中身は推測できますが、喋ってることは95%不明です(詳しくは後述します)。

途中のランチはビジネススクールのDean(学長)とかAssistant dean(副学長)とかと一緒に、学内の食堂の2階の宴会用スペースの回るテーブルで中華でした。これはさすがに、周りも配慮いただき、半分英語、半分中国語でした。雰囲気は日本と似てますね。えらい人が会話を先導して、若手は遠慮してあんまり話さないです。

そして、研修終了後、IT部門でPCの用意ができてる、というので行ってみると、案の定、PCには中国語版のウィンドウズがインストールされており、それではさすがにどうにもならん、ということで英語版をインストールし直してもらうことに。翌日出直しになりました。

研修が終わった後、昼間、近隣を散策していた妻の情報を元に、上海でも有数のショッピングエリアである、徐家汇を散策。交通大学からは徒歩圏内ですが、巨大な交差点のどちらを向いてもでかいデパートがある、という派手なエリアです。

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3日目:午前中は大学近くにある中国銀行に赴き、口座開設。兎にも角にも、給与を受け取る口座を確保しないと始まりません。驚いたのは、中国銀行の店頭や窓口の担当者が普通に英語で話せることです。あと、審査はかなり雑いです。僕が上海交通大学で働いている、というしっかりしたエビデンス(契約書とか名刺とか)も、住所を証明する資料も何にもないのに、あっさり口座開設できました。ちなみに、家族カードは作れない、と窓口で言われたので(これは未だに本当か疑ってるのですが)妻の口座も開設しましたが、彼女もパスポートだけの情報であっさりと口座開けてました。

その後、僕の所属する学部の学部長と他数名でランチの後、別の不動産屋とさらに不動産屋巡りをしました。

<感想>

来てみてわかったのですが、僕以外の新任のAssistant Professorは全員中国人でした。博士こそアメリカ、カナダ、香港の大学で取得しているものの、国籍は中国人であり、当然ながら中国語ぺらぺらです。就職活動をしている段階では、「上海交通大学、また、安泰経済管理学院として国際化を進めていて、あなたの採用もその一環だ」と聞いていましたが、なかなかそう簡単には国際化とは進まないものだなあ、という印象です。

導入研修は、全て中国語だったわけですが、幸い、コンサルで中国の経験があったので、スライドに表示される内容は7割がた理解できました。が、当然のことながら、喋っている内容は一言もわかりません(研究も授業も英語でやる前提で僕は採用されてますから、学ぶ気はあるけど、今はまだ中国語はさっぱりできません)。まあ、スタッフ部門の皆さんも普段は中国人ばっかり相手にしてるわけで、いきなり僕のためだけに英語で資料を準備してってわけにも、そりゃいかんわなあ、という感じです。こういうことになるだろうなあ、とは予測はしてましたが、いきなり洗礼を受けました。

研修を受けながら、「ばりばりドメスティックな日本企業が国際化するぞ!って言って、外国人採用すると、こういうことがおきるんだろうなー」と思って、なかなか感慨深かったです。国際経営論は僕の専門の一つで、「言語」を巡る問題はまさに現在の学会でホットなトピックなのですが、まさにその最前線に乗り込んだ気分ですね。同期採用の連中が気のいい連中で、それなりにサポートはしてくれたので、ほぼ、内容はキャッチアップできてると思いますが、まあ、何か事故は起きるでしょう(笑)。

一方、中国銀行は、窓口の担当者が片言とはいえ、普通に実用レベルの英語を喋っており、中国は本当にあなどれないなあ、と驚いたわけであります。日本の金融機関は、そのあたり、どうなんでしょうねえ。