HRテックがダイバーシティ促進にもたらす可能性

今週、Vodafoneのイギリス本社が「出産をきっかけにキャリアを中断した女性を積極的に採用する」というニュースがイギリスでは話題になりました。下のFTの記事によれば、世界中で1000人の女性を管理職、一般従業員で採用する計画、とのことです。

Vodafone to recruit women on career breaks (BBC)
Vodafone launches programme to recruit career-break women (Financial Times)

この施策自体、男女格差を解消する試みとして興味深いですが、私が気になったのは、BBCの記事の中にある、「The company will also give hiring managers “unconscious bias training”(同社は、採用マネジャーに対して、「無意識のバイアスに関するトレーニング」も実施する)」という下りです。ここからは、最近はやりのHRテック(HRアナリティクスとか、人事におけるデータサイエンスとか、いろんな呼び方がありますが)が、職場におけるダイバーシティを高めることに貢献する可能性が見て取れる、と考えます。

ダイバーシティとHRテックがどうつながるのか。まずは、ダイバーシティ、特に女性活躍の文脈から整理してみましょう。

男女格差は世界的に見られる現象

日本でも、安倍政権の熱心な旗振りも影響してか、女性の活躍促進の取り組みがここ数年は話題になり続けてますね。日本では「世界と比べて日本はダメだ」という文脈で男女格差の問題が語られることが多いです。

男女平等ランキング、日本は過去最低111位  (日経新聞)

が、しかし、上記のVodafoneの取り組みからは、この現象が世界的に生じているものだ、ということがよくわかります。イギリスでも、男女の給与格差やキャリア機会の差は、ニュースで非常によく話題になります。上記の日経の記事のベースになっている世界経済フォーラムのgender gap指数に関するプレスリリースでも、この問題を明確に世界的な課題として取り扱ってます。

2095年職場が男女均等になると予想される年 (WEF News Release)

私自身は男女の格差について、経済的な観点から勿体無い、と思うのと同時に、倫理道徳的な観点からも不公平だと思っています。男女に限らず、LGBTや人種など属性をベースにした差別(構造的なものも含めて)は総じて、解消されていくべきだと思っています。

ですが一方で、この現象は日本だけに見られることではなく、世界中に普遍的に見られる現象なので、この現象について「世界と比べて日本はダメだ」という論調で議論することには批判的です。日本独自の問題に目を向けることが重要なのと同じくらい、世界的に普遍的に存在する男女格差の要因に目を向けることも重要だと思うからです。

さて、日本だけで起きているのではないとすれば、どのような普遍的要因がこの問題の背景にあるのか、が気になるところです。ここで、問題になるのが洋の東西を問わず存在する、性別に関する無意識のバイアス(偏見)です。

 

無意識のバイアスが男女格差に与える影響

心理学の研究からは、多くの社会に共通して「男らしさ」「女らしさ」に関するステレオタイプ(固定観念)があることがわかっています。男らしさは、「支配・コントロールへの関心」「積極的」「強い」「決断力がある」といった要素と関連付けられる傾向があり、女らしさは、「他者の幸せへの関心」「親切」「温かい」「思いやりがある」といった要素と関連付けられる傾向があります。

一方、経営学におけるリーダーシップの研究からは、私たちが、「リーダー」に対する「無意識の期待」を持っていることがわかっています。

ここで考えて欲しいのですが、みなさんは、良いリーダーと言われて何を想像するでしょうか

ひょっとして、「カリスマ」「決断力」「知性」「公正さ」「高い成果を追求する」などを思い浮かべたのではないでしょうか? 実はこれらは、経営学におけるリーダーシップ研究において、人々が「良いリーダー」として思い浮かべる共通要素として浮かび上がってきたものです。 興味深いことに、これらは文化や職種を超えてある程度の共通性があることが知られています(もちろん、文化による違いもかなり存在するのですが)。言い換えれば、世界中の人が、「良いリーダー」と言われると、ある程度、同じようなことを頭に思い浮かべる傾向がある、ということです。

ここから浮かび上がるのは、「リーダーへの無意識の期待」は、「男らしさ」とある程度の共通性がある一方で、「女らしさ」とは必ずしもうまく一致しない、ということです。例えば、「決断力」は男性のステレオタイプの一要素ですが、同時に、リーダーに一般的に期待される特徴にも含まれます。そして、他のいわゆる「男らしさ」と関連付けられる要素も、一般的なリーダーへの期待と一貫性がかなり高いのです。一方で、「親切さ」や「思いやり」を「リーダーらしさ」と関連づける人はあまりいません。

実は、このギャップが、女性が管理職やプロフェッショナルとして活躍する上で障害になっているのではないか、と考えられています(リーダーシップは管理職に限らず、プロフェッショナルとして影響力を発揮する上でも重要なため、影響力を持つ役割を担う、という点では、このギャップは普遍的に効いてくる、と考えられます)。女性がリーダーとして「強さ」や「決断力」を発揮しようとすると、「女らしくない」という風に周りの目には写ってしまう傾向があります。また、逆に、女性が「女らしさ」のステレオタイプに合致するような他者への配慮や、思いやりを見せると、「リーダーとしては強さに欠ける」と見られてしまったりします(ちなみに、この傾向は男女かかわらず存在するようです)。

また、男性が上のポジションに上がりたい、と上司に主張すると、「意欲的だ」「やる気がある」と見られる傾向があるのに対して、女性は「でしゃばり」「生意気」というふうに評価されてしまう傾向が高い、という調査結果もあったりします(Women in the Workplace 2016, LEAN IN財団 及び McKinsey & Companyによる調査) 。

私がコンサルティングをしていても、「男性部下についてはちょっとイマイチな成績の部下でも『こいつももうそろそろ上げてやらないと・・・』と昇進推薦が上がってくるのに、女性だとずば抜けた成績じゃない限り『彼女はまだちょっと・・・』となりがち」といった声を、企業を問わず耳にしました。しかし、そういうことを言う管理職に個別に話を聞くと「女性活躍は大事だ」と口を揃えて言うのです。もちろん、腹の底でどう思っているかはわかりません(笑)が、仮に本気でそう思っていたとしても、無意識のバイアスが日々の意思決定に影響を与えてしまう、というのが一連の研究から分かっていることです。

 

バイアスが意思決定に与える影響を排除する

さて、このようなバイアスが意思決定に与える影響を排除するための有効な手段としては、「ブラインド・リクルーティング」が知られています。70年代以降、クラッシック音楽のオーケストラのオーディションで使われるようになって、有名になった手法です。具体的には何をしたかというと、オーディションの際にカーテンをかけて、演奏している本人が評価側から見えないようにするのです。これだけで、女性が最終選考に残る確率が50%以上高まり、結果としてオーケストラに占める女性比率が大幅に上昇したことが知られています。

How blind auditions help orchestras to eliminate gender bias

上記のVodafoneによる「無意識のバイアスに関するトレーニング」も、こうした問題意識に根ざしたものでしょう。採用に関わる現場の管理職や、人事の管理職が、女性に対して自分が潜在的に偏見を持っているかもしれない、というふうに自覚しているだけで、多少なりともバイアスを取り除ける可能性があるからです。

ここからが本稿の冒頭の話に戻るのですが、昨今話題になっているHRテックは、この点で、女性活躍促進(や、より広い意味でのダイバーシティの促進)に貢献する可能性が高いのではないか、と思っています。

リクルートキャリアと日本マイクロソフトが HRテック新ソリューションの開発に向けて連携

この記事にあるように、客観的なevidenceをベースに人事上の意思決定の参考になる情報を提供することができれば、無意識のバイアスの影響をどうしても受けてしまう人間の意思決定に対して、多少なりともバランスをとることができるのではないか、ということです。

実際、私がクリエイティビティに関する共同研究を行っている、ある大手メーカーでは、人事が個人の性格特性をはじめとした様々な情報と、研究開発における個人、チームレベルでのパフォーマンスの関連性を分析して、データをもとに人材の最適配置をR&D部門のマネジャーたちと議論する、といったエビデンスに基づくマネジメントに取り組んでおられます。これによって「あいつはこうだから」といった、管理職の直感や印象を超えた組織運営を目指しているのです。同社では、いわゆるHRテックという文脈で云々されるような機械学習やデータサイエンスといった格好いい言葉は使っていませんが、実際に目指しているのはエビデンスに基づく人事に他なりません。

私は、あくまでもデータの分析は人間の意思決定のサポートでしかない、と考えています。機械学習の進化のスピードを侮る気はありませんが、組織運営という分野で、完全に人間を代替してしまうようなことが起きるのは当分先だろうと思います。なぜならば、組織を動かすうえでは、人間の「納得」とか「共感」といった要素を除いて考えることができないからです。このことは、先日のエントリーでも書きました。

データとサイエンスの話(2017/2/24の投稿)

一方で、意思決定に積極的にテクノロジーとそれがもたらすデータ分析能力を生かしていく、ということは、どんどん進めば良いと思っています。そして、それによって多様な人材が、バイアスと関係なく評価され、活躍の場が提供されることは、組織パフォーマンスを高めることにつながるし、社会正義の実現にもつながると思っています。もしかすると、データによって、男女のバイアスに影響を強く受けている管理職と、そうでない管理職が診断されてしまう、そんな未来は以外と近いかもしれません。

※ 本稿は、某IT系企業の社内広報サイト用に寄稿した内容を、アレンジ、再編集して書きました。

広告