グローバル経営における、意思決定の現地化を促すもの。

グローバル経営において、意思決定をどのように本社と現地拠点のあいだで行うのが良いのか、というのは、古くて新しい問いだ。国際経営論においても、何十年も議論が続いているテーマである。

先日、このテーマに関して、日本企業のロンドンの拠点に赴任している方々とパネルディスカッションをする機会があった。イギリスにおいてもおそらく誰もが知っている日本を代表する製造業で、ヨーロッパ/イギリスにおけるマーケティング、営業活動に関わっている皆さんだ。私は、交通整理役として最初にフレームワークを提示し、問いを投げかける役割をやらせていただいた。

各社において、本社と海外拠点とのあいだでどのように意思決定を行っているのか、今後、グローバル経営における意思決定のあり方をどのようにして行こうとしているのか、を伺いつつ、何がその背景にあるのか、について議論した。議論からの示唆は大きく4つだ。

  1. 対法人向けビジネスでは、現地で意思決定をする必要性が高い。個別の顧客への対応や、個別市場にどのようにアプローチするのか、といった戦術的なレベルを超えて、中期的な製品やソリューションの開発方針といった事業戦略に近いレベルまで、現地に近いところに意思決定を分散する、あるいはその企業にとってのメイン市場(例えば欧州)に意思決定拠点を日本から移すことが必要となっている。顧客課題に地域性があり、その情報を効果的に集め、それに対する製品・ソリューションをスピーディに提供する、現地に根づいて長期的ビジネスをやっていく覚悟がある、という姿勢を現地の企業から認められないと、現地の競合に勝てないためだ。
  2. この傾向は、製品・ソリューションににおけるソフトウェアのウェイトが高まることで加速している。アジャイル開発、スクラム開発などの手法の発展によって、新たな仕様を実装、提供するサイクルが短期化したためだ。この結果、ヨーロッパから日本本社に諮り、意思決定をして、というスピードでは追いつかなくなっている。特に、日本本社の意思決定に時間がかかることが障害となっている。ハードウェアのウェイトが高い時代は、開発サイクルが長かったため、本社の意思決定スピードが制約になることが相対的に少なかったが、ソフトウェア比重が高くなることで、日本本社の意思決定は遅すぎる、という問題意識が(海外拠点においては)高まっている。
  3. 一方逆に、消費者向けの家電ビジネスでは、グローバルに統括管理をする重要性が相対的に高い。今回の議論で語られた最大の懸念は価格政策である(これは恐らくパネルメンバーがマーケティング畑の業務に現在関わっておられるということも一因かと思う)。世界のどこからでも商品が流通するため、どこかで安安く売ると、それが他の地域に流入してしまう。販売拠点間、代理店間の価格の統制は、本社がグローバルで統括する必要がある。
  4. また、日本に技術的な強みの基盤が集中している場合、海外拠点に意思決定を大胆に移すことには躊躇が発生する。製品仕様など、意思決定にマーケティング上の見解だけでなく、技術的な知識、ノウハウの蓄積が必要となるからだ。より表層的な部分については意思決定を海外に移管、あるいは分散できても、製品、ソリューションのコア機能を担う部分については(当面は)日本で担う、あるいは関わる必要があるという見解が各社から聞かれた。ただし、逆に、海外で買収した企業が持っていた技術、ノウハウをコアに事業展開をする領域については、逆に海外に意思決定の機能を持っていくという判断が進みやすい。

1と3は市場特性、という観点でコインの裏表、と言っていいだろう。3で価格政策をグローバルに統括する必要があるのは、グローバルに共通の製品が通用する、という市場特性があるからだ。1は逆に、グローバルに共通の商品が通用しにくい、という特性が、意思決定の現地化を促している。

4は、自社のコア知識の源泉の立地と、事業戦略上の意思決定の立地を切り離しにくい、という話である。1や3における市場特性への注目とは異なり、ここでは自社内の強み(Firm Specific Advantage = FSA)に注目した議論だ。

ここで大事なのは、市場特性上、意思決定の分散化、あるいは日本から他の地域への移転が有効と考えらる場合であっても、知識はそれほど簡単に移転できない、という点だ。暗黙知も含めた深い知識の蓄積には、粘着性(stickiness)があり、蓄積された「場」から簡単には流れないという特性がある。インターネットで情報がやりとりされる時代になっても、シリコンバレーがイノベーションの源泉として機能し続けていること、物理的にそこに「いる」ことが、シリコンバレーに蓄積され、作り出される知識にアクセスする上で重要なことを見ても、物理的な場所に(広い意味での)知識が粘っこく蓄積されることは見て取れる。この例は企業や大学などをまたぐ、産業クラスターの話だが、企業内においても、知識には粘着性がある。

ここから考えると、海外拠点にそうした知識蓄積を行うには時間をかけて自社で行うか、既にある知識蓄積を買収するのが早い、という話になる。これは私見だが、そうした粘着性は恐らく日本企業においては特に高いかもしれない。日本人のコミュニケーションが一般的にハイコンテキストで、言葉で知識を明示的に伝える習慣が相対的に弱いからだ(逆に、空気を察する、という力が強いわけだが、それは文脈を共有していない人には通じない)。

個人的に最も面白いかったのは2だ。どんなビジネスにおいても意思決定のスピードは重要だが、扱っている商品、サービスによって自ずと「会社が持っている時計」のサイクルは違う。ハードウェアの開発のスピードと、日本企業の意思決定サイクル、スピードはそれなりに噛み合っていたのだろう。しかし、ソフトウェア依存の要素が増えた(逆に言えば、ソフトウェアを改めることで、ハードウェアはそのままでも提供価値を高めることができるようになった)ことで、これまで慣れ親しみ組織に根づいている「時計」よりも早いスピードで開発サイクルをまわすことが可能になり、その結果、海外拠点側の本社中心の意思決定に対するフラストレーションが生まれている。果たして、この「時計」のミスマッチの問題に、日本企業はどのように対応するのだろう。