イギリス留学から中国の大学に就職する(その2)日本国外からのビザ取得に関するあれこれ

いよいよ就労許可がおりましたので、中国のビザの申請をします。

(そもそも就労許可が下りるまでの苦労についてはイギリス留学から中国の大学に就職する(その1)ビザ獲得への長い道のりをご参照ください)

たいていの日本人は中国にビザの申請を日本から行うと思いますが、僕の場合はロンドン在住で、ロンドンから直接、中国入りする計画のため、ロンドンにある中国大使館(から、委託を受けているChinese Visa Application Service Centreなる組織)に申請をします。

まあ、必要な書類自体はほぼ同じなのですが、日本と距離が離れているということが思わぬ落とし穴になりうるので、忘れる前にメモとして残しておこうと思います。

僕の場合は、長期の就労を中国で行う予定なので、Zビザになります。通常の日本からのZビザの申請についてはこの辺りが詳しいのでご覧になると良いかと。僕も参考にしました。

Guangxi Times

日中平和観光 中国就労ビザ取得ノウハウ

で、ビザの申請に必要な書類は以下になります。

<Zビザ(就労)申請に必要な書類>
パスポートと写真のページのコピー
ビザの申請書+写真
ビザセンター利用に関する同意書
過去に中国から取得したビザ(なければ不要)
合法的にイギリスに滞在していることの証明(イギリスのビザですね)
中国からのInvitation letter (幾つかのバリエーションあり)

で、妻の場合は僕に同伴するので、S1ビザという長期の同伴ビザになります。そちらの必要書類は以下のとおり。

<S1ビザ申請に必要な書類>
パスポートと写真のページのコピー
ビザの申請書+写真
ビザセンター利用に関する同意書
過去に中国から取得したビザ(なければ不要)のコピー
合法的にイギリスに滞在していることの証明(イギリスのビザですね)
同時に申請するZビザ申請(僕のもの)のコピー
婚姻関係にあることを証明する書類と、そのコピー

中国からのInvitation letterについては、中国の雇用先(僕の場合は大学)が関連する役所に申請して、役所から認可を取ってもらい、入手するものです。僕の場合はNotification of Foreigner’s Work Permitという書類になりますが、PDFを送ってもらって、その印刷したものでOKで、現物を送ってもらう必要がないので楽でした。

パスポートは手元にあるし、申請書や同意書は普通に書けばいいです。あと、イギリスのビザも当然パスポートに貼り付けてありますからコピーを取れば完了です。この辺りの書類はそんなに大きな問題にはなりません。が、残りの書類が問題です。

 


ハマる可能性がある書類は2つ


 

まずは、中国から得たビザのコピー。僕は昔、中国のビザを取ったことがありました(今は不要ですが、昔は短期の旅行でも必要でした)。これが、古いパスポートに貼付されていたので、古いパスポートからコピーを取る必要があります。幸い、手元に古いパスポートは全部保管してあったので問題なかったですが、万が一、古いパスポートをイギリスに持ってきてなかったら、けっこう面倒なことになった可能性があります。

僕の場合、以前イギリスの学生ビザを申請した際に、「過去10年に訪れた国を全部リストアップしろ」という項目を埋めるのに苦労した、という経験がありまして。その際に「昔のパスポートを常に参照できるようにしてないとダメだ」と思い、全部のパスポートをイギリスへの引っ越し時も持ってきてたのでした。

なので、パスポートは古いものも含めて全て保存しておき、いつでも手元に置いておくことをお勧めします。

 

次に、妻の「婚姻関係を証明する書類」です。

これは、戸籍の全部情報証明(昔の謄本ですね)でいいのですが、問題は、戸籍の全部情報証明書単体では不十分だということです。それを取った上で、

  • 翻訳して、正式な翻訳であるという宣言書を翻訳者に一筆書いてもらう
  • それを、公証役場で「まともな書類ですよ」と認証してもらう
  • その上で、外務省に持って行って、これまた認証してもらう
  • さらに、それを在日中国大使館にもっていって、さらに認証してもらう

という手続きが必要になります。要するに、ビザの申請を審査する人に対して「日本で作られた書類がちゃんとした書類である」ということを示すために、外務省と中国大使館に一筆書いてもらう必要がある、ということです(公証役場の認証は、私文書(翻訳)を外務省に認証してもらうために必要)。

どうやら、上記の手順の代わりに、日本でとった戸籍の証明書を、ロンドンの大使館にもって行き、英語の「結婚証明書」なるものを発行してもらう、ということもできるようです。が、果たしてそれが在英の中国大使館で認めてもらえるのかが怪しかったため、日本で全ての認証を済ませてから、郵送してもらう手続きをとりました。

実家の父に戸籍全部情報証明書を取りに行ってもらい、その後の手続きは、この手の業務を専門にされているアポスティーユ申請代行センターさんに特急で対応いただきましたが、それでも僕の手元に書類が届くまで10日近くかかりました。

これは、あらかじめ想定しておかないと日数ばかり経ってしまうので要注意です。あと、お金もかかりますしね(数万円くらいですが)。

以上、日本国外からの中国のZビザ申請に関するあれこれでした。

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なぜ30代後半からロンドンで博士課程に進み、そして今、中国のビジネススクールなのか(2)

いよいよ中国からの就労許可がとれました!

来週にはビザの申請をし、すべてがうまくいけば再来週には上海での仕事をスタートしたいところ。いよいよ、最終段階です。就労許可さえ取れてしまえばあとは大きな問題は起きないはずですが、最後まで気が抜けません。どうなることやら。

さて、今回はまた、キャリア選択についてのお話です。キャリアについて、前々回、なぜ30代後半からロンドンで博士課程に進み、そして今、中国のビジネススクールなのか(1)で、自分の人生を考えた時のステップとしてアカデミックキャリアを考えて、そのためには博士課程に進むことにした、ということを書きました。今回はその続き、なぜ上海交通大学のビジネススクールを就職先にしたか、ということです。

まあ、もちろん、採用していただけた中から就職先を選ぶしかないわけですが、一方で、そもそも応募段階から応募しなかった大学もありますし(例えば、アメリカのビジネススクールは一切応募しませんでしたし、日本の大学も応募してません)、採用のオファーをいただけたものの辞退させていただいたケースも2校あります。と、いうわけで、その辺りで、何を基準にしたか、というお話です。

簡単に言うと、「何がしたいか」「どんな機会があるか」「何が求められるか」「自分の力で通用しそうなのはどこか」というのの掛け算なわけですが(リクルート出身者の方にはおなじみのWill × Can × Mustと似てますね)。

まず1点目は、「日本に戻るよりも、まずは海外で試してみたい」ということです。

アカデミックの労働市場には、大雑把に言うと、英語で論文を書き、英語で授業をする「グローバルな市場」と、各国の現地の言語(日本の場合は日本語)で論文を書き、授業をする「ローカル市場」があります。勿論、白か黒か、ですっぱり別れてるわけではなくて、日本語と英語の両方で研究を発表してる研究者もいますので、便宜上の分け方ですが。

どちらも厳しい就職状況であることは変わりませんが、世界中から応募者が来る労働市場で通用するのだろうか?というところにワクワクした、ということですね。ここには理屈はあんまりなくて、やってみたかった、という話です。

もちろん、全く勝算がなかったわけではないです。指導教官や共同研究者からの評価や、学会で毎年1回会う同じ分野の研究者たちと話している実感から、「全く通用しないわけでもないだろう」とは思ってました。だったら、一度チャレンジしてみるか、という話です。

2点目は、そうはいっても自分の研究が「ウケる」大学でないとはじまらない、ということです。

まず、自分の研究実績で考えると、研究で世界に名の売れた超名門大学には到底、入れなさそうです(一応、博士期間中に国際学術誌に論文は1本発表してるんですが、いわゆるバリバリのトップジャーナルじゃないし、1本だけなので)。とはいえ、まずは研究実績を積みたいですから、研究に力を入れていて、実際に研究で成果を上げている教員がいる大学を狙いたい。また、授業中心のポストじゃなくて、研究にウェイトを置いたポストがいい。

また、経営学の中でもある程度、分野を明確にして応募がでますから、全く筋違いの求人に応募してもしょうがない。さらに、既存の教員の研究内容や実績を見てみると、「自分の研究トピックスは、この組織にフィットしそう」と感じるポストと、「うーん、なんかあんまりハマらないなあ」と感じるポストがあります。この辺りは、明確に応募書類に書いてあるわけじゃないですから、情報を読み込んでみてどう感じるか、という話です。が、後から振り返ると、「ハマらないかも」と思ったところは、全くインタビューのお誘いもかかりませんでしたら、まあ、そんなに筋が悪い読みでもなかったのかもしれません。

何十校、下手すると百校近く応募する人もいるそうですが、僕の場合はこの辺りを鑑みながら、ある程度絞って、20校くらい、応募することにしました。採用のオファーをもらっても、行こうと思えないポストに応募してもしょうがないし、とはいえ、向こうからみて、「お、こいついいかも」と全く思ってもらえなさそうなポストに応募しても、これまたしょうがない、ということです。

そして3点目は、地域軸で、アジアまたはヨーロッパ、です。

ヨーロッパは、ロンドンに住んでいましたから馴染みがあるし、これまでに知り合った研究者と共同研究をやるにも時差が少なくて便利、ということです。あと、LSE在学中に、イギリスの大学の教員資格を取ってあったので、イギリスの大学は有利だろう、と考えてました。なので、他がダメでもイギリスで何校か受けておけば、一つくらい引っかかるだろう、的な考えはなかったと言えば嘘になります。

アジアに関しては、研究的にアジアの中における多様性に関して興味があった、ということと、国として高等教育に力を入れていこうとしており、国を挙げて投資をしているケースが結構多い点が魅力です。

香港やシンガポールの大学は、世界的に研究での競争力が非常に高く、給与もトップクラスなので(そういえば、この間、一ツ橋大学の若手の准教授が、高額報酬で香港に移ったというのが話題になってましたが、率直に言って、日本の研究者の給与はあんまり高くないです)、世界中から応募が集まるのですが、それら以外の、「アジア圏では知られているけど世界的にはまだまだこれから、でも、虎視眈々とトップランク入りを狙ってる」みたいな大学を狙えるかな、と思っていたわけです。

結果的に上海交通大学はまさにこれにぴったり当てはまる大学でした。中国として、グローバルな大学ランクでトップ層に押し上げるために投資している。一方で、世界的にはまだまだ知られてないし、実際の教員リストを見ると中国人が圧倒的に多くて(多分、僕の学科は外国人は僕だけです)、人材は多様化されていない。シンガポールとか香港のトップスクールには応募しても、上海交通大学には応募しない連中が、結構いそうです。研究的にも、僕の研究と接点がありそうな研究者が中堅に何人か居て、うまくはまりそう。

正直、僕から見ると、狙い目です。

一方、不安要素としては「組織に馴染めるのか?」という点がありました。中国には、海外の資本が入った大学もあり、例えばイギリスのNottingham Universityとか、Liverpool Universityとかが中国にキャンパスを持っています。こうした大学の場合、イギリス式の組織運営、学事運営になっているはずですから、適応にそんなに苦労しないだろう、という読みが立ちます。一方、交通大学は純粋な「中国の大学」です。仮に、「中国流」の運営が行われているとすれば、「極少数派」の外国人として、その中に馴染んでいくのはかなり大変そうです。

その辺は、面接で訪問した際にかなり気をつけてヒアリングをして、結果的に「まあ、大丈夫じゃないかなあ」と思えたので、オファーを受けることにしました。実際には、グローバルに競争力を高めていくための施策として、アメリカなどでトップスクールで活躍していた教授陣を引き抜いてきて、彼らが主導する形で組織変革が行われていること、また、実際に若手、中堅の研究者がのびのび研究をしている点が、決め手になりました。まあ、この辺りは普通の転職活動とそんなに変わららないのかもしれません。

と、いうわけで、おそらくここから先は、中国からのレポートになろうかと思います。実際に、現地に入ってみて何が起こるか、こまめにアップしていきます。

アカデミックキャリアを考える:なぜ博士課程の学生は、メンタルを病みやすいのか。

「博士課程学生はメンタルを病みやすい」という恐ろしいデータを示した記事を見つけました。

Why Are Ph.D. Students More Vulnerable to Psychiatric Disorders?

ちなみに、この記事の元になった研究はこちら。

Work organization and mental health problems in PhD students
(Levecque et al. 2017. Work organization and mental health problems in PhD students, Research Policy, Volume 46, Issue 4, Pages 868-879)

 

記事をかいつまんで翻訳&要約すると、

  • ある、ベルギーで行なわれた博士課程学生3000人以上を対象にした調査によると、「同じように高レベルの教育をうけたが、博士課程に参加していない人々」と比べて、2倍以上の頻度でメンタル疾患の症状を示していた
  • 具体的には、「憂鬱で不幸な気分を感じる」「常時ストレスを感じる」「考え事のために不眠、睡眠不足になる」「困難を乗り越えられないと感じる」「日々の活動を楽しめない」などなど。

ということです。筆者らによれば、あくまでもこれは相関ベースの研究なので、博士課程の学生が置かれた環境が彼らのメンタルに影響しているとは断言できないとのこと(メンタルを病んでいる学生のほうが、環境を悪く認知するかもしれないため)。

とはいえ、先行研究を見る限り、環境がメンタルの問題に少なからず影響することはよく知られているので、この調査結果は、少なからず「博士課程に所属すること」が、メンタルにはよくない影響がある、と示していると言えそうです。

 

さらに研究によれば、以下のような条件を満たしている学生は、相対的にメンタルの問題が生じにくいとのこと。

  • 知的刺激を受けるようなスーパーバイザー(指導教官)がいる
  • アカデミックなキャリアを歩もうという関心がある
  • 明確なキャリアプランがある

逆に言えば、

  • 指導教官から知的刺激が受けられない
  • アカデミックなキャリアに関心がない
  • キャリアプランが不確か

だと、メンタルの問題が生じやすい、ってことですね。まあ、そりゃそうでしょう。

指導教官の問題は深刻で、僕は幸い、指導教官二人から非常にいい刺激を受けて、今後も共同で研究ができそうな関係性を築けましたが、周りを見ていると必ずしもそうでもなさそうです。感覚的に言うと、ざっくり1/3くらいは、指導教官からあんまり刺激が得られないか、むしろ指導教官に足を引っ張られている、と感じている印象があります。

しかも、指導教官を変えることは相当な困難が伴うので、そうそう変えるわけにもいかず。途中で変えると新しい指導教官と研究の方向性ややり方についての考え方を揃えるのにえらく時間がかかるし、そもそも変えるための学内での交渉にも時間がかかるし、人間関係にも配慮がいるし、と一筋縄ではいかないのです。

なので、ここでハマるとメンタルを病みやすい、というのは想像がつきます。

LSEの場合は、学部内、また、学部を超えた全学レベルでその辺りを相談できる窓口がきちんと設けられてましたが、それでも、指導教官とのミスマッチの問題に直面すると、年単位で研究が滞り、卒業も遅れる(それに伴ってお金もかかる)というふうになりがちです。

 

また、キャリアの問題については以前に「過酷なアカポス(アカデミックポスト)市場の現状と、そこでの就職活動の実態」というポストで書きましたが、アカデミックキャリアの労働市場は、はっきり言ってかなりな無理ゲー状態ですので、キャリアについての悩みがストレスになる、というのも想像がつきやすいです。このことについては、ちょうど最近、日本でも新しい調査がでてました。

ポストドクターから大学教員への道険しく、文部科学省調べ (大学ジャーナル)

この研究の筆者たちも、以下のように書いてます。

Our findings also suggest that universities might benefit from offering PhD students clear and full information on job expectations and career prospects, both in and outside academia.

(日本語訳)
私たちの発見から示唆されるのは、博士課程学生に対して、卒業後の就職の見込みについて、アカデミック、それ以外(訳注:民間など)の両方の面で、明確かつ、十分な情報を提供することで、大学は(訳補足:メンタルを病む学生が減るという)メリットを得られるかもしれない、ということだ。

たしかに、全くおっしゃる通り。

ただ、博士学生を採り、指導する教授や准教授に、そこまで期待するのは構造的にかなり無理があると言わざるをえません。

そもそも、研究が好きでアカデミックに進み、アカデミックの人生を生きてきた人たちなわけで、それ以外のキャリアのことは視野にないし、そもそもよく知らない、という人も(社会人経験を経て学者になった、という人を除くと)多いかと。

さらに、彼ら、彼女らはアカデミックキャリアで成功した人で、どちらかといえば、博士学生に対しては、自分と同じようにアカデミックで成功してほしい、という期待を持ちがちです。なので、研究者として成功するためにどうするか、という指導は熱心にできたとしても(そういう善意の指導教官ばかりではありませんが)、「それ以外の人生もあるよ」とはなかなか勧めにくかろう、というふうに思います。まあ、率直に言えばダメだしすることになっちゃいますしね。

反面、学生の側からすると、↑にあるような「博士学生の就職きついよ」みたいな情報に触れるたびに「アカデミックで自分はやっていけるのか」「見切りをつけて、民間に就職したほうがいいのか」「でも、そうしたら、博士の意味がなくなってしまうんじゃないか」みたいなことが気になっているわけで。

なので、指導教官にキャリアの指導を任せると、学生側は情報不足のまま、自分の人生について不安が高まり、鬱々してしまう、という状況に得てしてなりがちなわけです。

LSEの場合は、キャリアセンターが博士課程の学生もターゲットにしており、アカデミック以外の進路についても様々な情報提供をしてました。広く自分のキャリアについて考えられるような説明会に博士課程の初期から参加できたり、アカデミックキャリアのこともよくわかっているキャリアカウンセラーに相談できたりします。また、実際にアカデミック、民間、公共セクターに就職した卒業生を読んでセミナーをやってたり、BCGやマッキンゼーからの博士学生をターゲットにしたセミナーもあったりするので、比較的恵まれていた、と言えるでしょう。

僕は正直言って、博士が終わった後のことが見えないままに4年も頑張るのは、人生上のリスクが高いと思うので、研究以外の人生も含めて自分の人生のことを早い段階から考える機会を設けて、アカデミックな世界における自分の実力と意欲を冷静にジャッジして、続けるなら徹底的にやる、やめるならスパッとやめる、という意思決定を促すべきだと思ってます。

日本の大学が、この辺りをどうしているかはよくわかりませんが。

 

と、いうわけで、表題の「なぜ博士課程の学生は、メンタルを病みやすいのか。」という問いに関しては、

  • 研究上、指導教官との関係性、指導教官からの研究上の刺激が重要な一方、残念な指導教官に当たってしまったり、関係性が悪化すると逃げ場がなくなりがち。
  • 博士課程の学生は、労働市場の構造上、将来が不安定になりがちで、なおかつ、それに対して広い視野と情報を持って(アカデミックキャリアではない道を選択することも含めて)対策を考えられるようにする支援体制が不足しがち。特に、指導教官だけだと不十分になりやすい

という二つの構造的な要因がある、と思われます。

すくなくとも、前者についてはなかなか対策が困難ですが(会社の上司も似たようなところがありますしね)、後者については、キャリアセンターなどが関与する体制にしていくのが大事であろうなあ、と思ってます。