「交換」に関する考え方は世界共通?

社会的交換理論についての3回目です。

第1回では、世の中の人間関係は「交換」に溢れていること、第2回では「交換」にも色々なタイプがあることをご紹介しました。第1回、2回のポイントをかいつまんで要約すると、以下のような感じになります。

第1回: 世の中は交換で回っている。

第2回: 職場における「恩に報いる」を科学する。

  • 人間は他者との関わりの中で、さまざまなものを交換しながら生きている。お金やモノのやり取りに加えて、お互いへの敬意や配慮、支援といった、形のない価値の交換もそこには含まれる
  • 交換には「明示的に交渉や約束をする」ことでなりたつ「交渉型交換」と、それらなしに成り立つ「報恩型交換」がある
  • 報恩型交換は、お互いが「相手にとって良かれと思って何かをしてあげる」ことによって成り立つ。「自分がしたことが 相手にとってあまり価値がない」場合もあるし、また、「自分が何かをしたからといって相手が返してくれるとは限らない」というリスクも存在する
  • 報恩型交換は、人間の間の心理的なつながりを育てる働きがある。「相手が何かしてくれたことに対して、自分が何かをし返す」ことの繰り返しを通じて、徐々に相互理解や信頼関係が構築される。

さて、第3回は、そもそもなぜ報恩型交換が、交渉なしでも成り立つのか、ということについてご紹介したいと思います。言い換えると、

なぜ私たちは、人から何かしてもらった時に、「恩」を感じて、「何か恩返ししなければ」という義務を感じるのでしょうか?

という問いですね。改めて考えてみると、これは実に不思議なことです。

 


「恩返しに関する普遍的な規範」


 

この問いをめぐっては、人類学、社会学、心理学、進化生物学などのさまざまな分野の研究者によって議論が行われてきたのですが、概ねのコンセンサスとしては「人類社会には『恩返しに関するを普遍的な社会規範 (the universal norm of reciprocity)』が存在し、それば個人の行動に影響を与えている」という風に考えるのが一般的です。

どういうことかというと、「人から何か良いことをしてもらった場合は恩返しをしなければならない」「恩返しをしない人間は、社会的に罰されるべきだ」という価値観、考え方が、あらゆる社会に規範(暗黙的なルール)として存在している、ということです。また、「人に対して悪い行いをしたら、報いを受ける」という価値観も同様に、世界中に存在するのではないかと考えられています。

実際、こうした規範を示すようなことわざや格言は多くの地域に存在するようですし、童話などのなかに、こうした倫理感が埋め込まれていたりもします。日本の場合は「情けは人のためならず」ということわざがまさにそうです。「鶴の恩返し」のような童話もありますね。こうした格言や童話、また、親や学校の先生による教育を通じて、「自分が何かを人のためにすれば、それは自分に返ってくるのだ」ということを人は学んでいくわけです。

こうした規範があるおかげで、私たちは、相手に何かをGiveしたら、多分なんらか帰ってくるだろう、というふうに考えることができます。だからこそ、安心して周りの人に対して協働的に振る舞うことができるわけです。もし、こうした社会的規範が存在しなかったら、と考えるとそら恐ろしいものがあります。まさに、ホッブスがいうような「万人の万人に対する闘争」のような恐ろしい社会になってしまいそうです(ホッブスの議論は、法制度に関するもので、ここで議論するような社会的規範に直接関するものではないですが、規範も「暗黙的なルール」だと考えれば、全く関係ない、とも言えないでしょう)。

では、なぜそもそもこうした規範が世界中に存在するようになったのでしょうか?人類の発展の歴史をさかのぼって検証することはできませんから、この問いに対する実証的な研究は不可能です。が、さまざまなシミュレーション等を通じて「進化のプロセスにおいて有利だったから」とというのがかなり確からしいのではないか、と考えられています。

乱暴に言えば、こうした規範を守る個体が多い人間集団は、メンバーがお互いに助け合うことで、群れとしての生存確率があがる、と考えられます。また、こうしたルールに従わない個人は周囲から罰せられるため、集団内で生き残りにくくなるわけです(簡単に言えば「村八分になる」とういことですね)。そして、結果的に、「恩返しの規範」を守る集団、個人が生存競争に生き残った、というロジックです。

これは、実証のしようがないというのが悩ましいところですが、今後、脳科学などの発展によって「脳の機能」として、こうした規範にしたがう仕組みがあるのか、といったところも研究が進むと面白いですね。

 


「恩返しに関する普遍的な規範」を巡る個人差


 

ただし、「普遍的な規範」があるからといって、みんながそのルールに従う、ということではありません。「恩返し」をめぐってはそれなりの個人差があることがわかっています。

この分野の研究は特に、組織と個人の関係に関するものが多いので、まずはそれらの研究から分かっていることをご紹介しましょう。世の中には、

会社から何かしてもらったら、自分はその恩に報いて、組織のために頑張る義務がある

という風に考える人と、

会社が自分をどう扱おうが、自分は自分の仕事を粛々とやるだけだ。

という風に考える人が存在します(もちろん、これは両極端の例をご紹介しているわけで、厳密に2種類に分かれるわけではありません。実際には「程度」の話です)。

そして、前者のタイプの人たちは、「会社が自分をサポートしてくれていると感じるか」「会社が自分をフェアに扱ってくれていると感じるか」「会社が、(処遇や機会などの面で)自分への約束を守っていると感じるか」によって、大きく態度や行動を変えることがわかっています。具体的に言えば、これらについて肯定的に感じている(=「会社は自分のことをちゃんとあつかってくれる」)場合は、、組織へのコミットメントが高くし、組織に貢献する行動をとる一方、否定的に感じている(=「会社は自分をちゃんと扱ってくれていない」)場合、組織へのコミットメントが低くなり、組織に貢献する行動をとらなくなる、といった具合です。

逆に後者の人たちは、「会社が自分をサポートしてくれていると感じるか」「会社が自分をフェアに扱ってくれていると感じるか」「会社が、(処遇や機会などの面で)自分への約束を守っていると感じるか」どうかによって、態度や行動があまり変わりません。会社が良くしてくれた場合にもっと頑張るわけでもなく、会社が良くしてくれないからといって頑張らなくなるわけでもないのです。

これらの研究からは、「企業は個人を大事にすべきだ、そうすれば個人は会社のためにがんばってくれるのだ」という主張が、単純すぎる議論だ、ということがわかります。もちろん、大きな傾向としては間違っていないのですが、その反応の仕方は、個人によってばらつきが存在するのです。

また、個人同士のやりとりについても、実証研究は少ないのですが、「恩返しに関する規範」に関する考え方の個人差があり、それが実際に行動に影響を与えることがわかっています。具体的に言うと、「恩返しの規範」に従おうとする規範が強い人は、「相手が自分をどのように扱うか」によって、「相手に対する自分の態度や行動」を変える傾向があります。「恩返しの規範」に従う指向が弱い人は、相手が自分をどう扱おうが態度や行動が変わらない傾向が見られています。

 


状況による違い


 

また、最近の研究では、状況によって「恩返し」をする程度がかなり変わるようだ、ということもわかってきています。

2015年に発表されたかなり新しい論文ですが、個人が「組織内で、他の人と関わり合う場合(例えば、職場の同僚同士)」と、「組織外で、他の人と関わり合う場合(例えば、近所の知人との付き合い)」では、前者(組織内)での方が、「恩返しの規範」に従わない傾向がある、という傾向が報告されています。

筆者らは、さらに実験を行い、(企業のような)組織内の環境では、人は「より計算高くなる」傾向があり、また、「他の人の行動を、『善意でしてくれた』というよりも、『仕事の中で役割としてやっている』と捉える」傾向があること、そしてそうした傾向が、「恩返し」が組織内で起こりにくいことにつながっているのではないか、と報告しています。

このことは、職場の信頼関係づくり、ということを考えると重要です。

前回ご紹介した通り、恩返し、をベースに成り立つ「報恩型交換」は、結果的に個人間の相互理解や信頼関係を育みます。そう考えると、職場の人間関係の方が、世の中一般の人間関係よりも、「ぎすぎす」しやすい、のは、もしかすると「組織内では恩返しが起こりにくい」ためかもしれません。

そう考えると、「お互いに何かをしてあげて、してもらったら恩に報いる」関係性や、それを促すような規範を、どのようにして組織内、あるいは職場で維持するか、というのは、組織運営にかかわる人にとっては、実はとても重要なテーマなのかもしれません。

 

 

広告

職場における「恩に報いる」を科学する。

社会的交換理論についてのポストの第2弾です。今回は、交換をいくつかのパターンに分けて分析することで、さらに議論を掘り下げていこうと思います。

前回の投稿では、上司と部下、組織と従業員の関係を交換として捉えることができる、ということをご紹介しました。簡単にまとめると、上司から面倒を見てもらっている、と感じている部下は上司のために頑張るし、組織が自分を支援してくれている、と感じている従業員は組織のために貢献しようとする、ということです。同じような関係は、同僚同士、また、顧客と営業の間などでも見られます。

前回の投稿はこちら: 世の中は交換で回っている。

 


交換に当たって、交渉するか、しないか。


 

実は、「社会的交換」には、いくつかのタイプがあります。それらのタイプを分ける基準の一つが「交換に当たって、交渉するか、しないか」です。

お店などで私たちがものを買うときは、ペットボトルの水1本なら120円、ハムサンドイッチは250円、みたいな風に、購入するものに対して価格が明確に決まっています。市場などで多少価格交渉の余地があるとしても、「何を受け取ることに対して何を支払うのか」は実際にお金を支払う前に双方が合意して、その上でお金の支払い、商品の受け渡しが行われるのが普通です。このように、「経済的交換」においては、互いに何を交換するのか、を事前に交渉で決める点に特徴があります。

こうした交渉を通じた交換は、職場にも存在します。

先輩:「ちょっと今日、残業に付き合ってくれない?こんど一杯おごるからさ」
後輩:「わかりました。その代わり、いつものXXXじゃなくて、YYYYにしましょうよ」
先輩:「YYYYかー、いい店だけど高いんだよねー。まあ、しょうがないか。了解。」
後輩:「やった!じゃ、いいですよ。何から手をつけますか?」

と言うのは少々牧歌的な職場の会話ですが、解りやすい交渉型の交換の例です。職場での同僚同士、上司部下の間で、ちょっとした交渉は日常的に発生します。

同僚同士の例としては、休みの調整が挙げられます。有休を取っている間の仕事のフォローを同僚にお願いする代わりに、同僚が有休を取る際には自分がフォローをすることを確約する、といったことです。あるいは、長期休暇をフレキシブルに取れる会社では、誰がいつ休むか、についてチームの中で交渉が行われる、といった話を聞いたことがあります。「この夏は自分が譲る代わりに、年末年始の休暇は自分を優先してほしい」といった会話が生じ、合意が行われる、という意味では、交渉型の交換、と言えるでしょう。

また、部門間の壁が高く、よその部門の情報があまり流れてこないような組織であれば、部門の違う同僚同士で、「自分が持っている部門の機密情報を提供する代わりに、相手から、相手部門の機密情報を聞き出す」みたいなことも行なわれているかもしれません。

上司と部下の間であれば、目標管理で「何を達成すればこういう評価にする」というふうに握るのも、交渉のうえで明示的に合意する、という点で、交渉型交換だと言えますね。私はリクルート時代に、イギリスで修士過程に進学しようとして、当時の事業部長に「国際人事について専門的に勉強したいんですよ。会社負担で1年留学ってできないですかね。戻ってきたら、グローバル人事の新規領域開拓を頑張ります」みたいな交渉をしたことがあります。制度上、会社負担での留学の制度は廃止されていたため、残念ながら交渉は成立しませんでしたが・・・。

このように、交渉型の交換においては、何に対して何を交換するのか、について双方が合意する、ということが行われます。もちろん、実際の交換自体には時間差が生じる(例えば、最初の例でいえば、今日、残業に付き合うものの、おごってもらうのは数日後ですね)こともあるわけですが、合意自体はその場で行われる、というのが特徴です。

それに対して、前回ご紹介したような交換の場合、一方が「何かを相手に対してしてあげる」時点で、相手から「何を見返りにしてもらうのか」が決まっていません。しかも、「いつ」見返りが行われるのか、も決まっていません。そうした交渉なしに、一方的にGiveが行われる点が特徴的です。Giveする側からすれば、いつ帰ってくるか、どう帰ってくるかはわからない、という点に特徴があるわけです。

例えば、「上司が部下の面倒を見る → 部下が上司のために頑張る」という例について考えると、上司が面倒を見る時点で、部下から何が、いつ帰ってくるかはわかりません。それでも、上司が一方的に部下の面倒を見る、それに部下が恩を感じる、そして今度は部下が一方的に上司のために頑張る、ということが生じるのが、社会的交換の面白いところです。

交渉ありの交換を「交渉型交換」、交渉なしの交換を「報恩型交換」とここからは呼ぶことにします(学問的には、前者をnegotiated exchange、後者をreciprocal exchangeと呼びます)。

 


「報恩型交換」の特徴


 

このように「事前の交渉がない」ことは、報恩型の交換に参加する双方の心理や行動に様々な影響を与えることがわかっています。

①まず、Giveする側は、「相手に良かれと思ってGiveする」ことになります。相手が何を求めているのかは、交渉が行われていませんから(厳密に言うと)わかりませんし、それを相手がどれくらい「ありがたい」と思ってくれるかもわかりません。

ですから、報恩型交換の場合、交換に関わる2人が、相手の利害や置かれた状況を理解したり感じていないと、交換が成立しません。相手の気持ちが読めない2人が組み合わさると、お互いが「良かれと思って」やっているのに好意がすれちがう、そして結果としてお互いに「なんだこいつ」と感じる、みたいな風なことも起こり得る、ということです。

一方で、報恩型交換は非常に自由度が高いです。「今、何かに困っている訳では無いし、相手に何かして欲しい訳でも無い」状況でも、相手に良くしておけば、もしかしたら自分が何か困った時には相手が手を差し伸べてくれるかもしれない訳です。明確に利害をすり合わせる必要がありませんから、フレキシブルな協働が可能になります。

その意味で、報恩型の交換を好まず、交渉型の交換を志向する人ばかりの組織は、非常にギスギスしてしまいますし、あまり機能的ではありません(交換に関する個人の志向については、いずれ詳しく議論したいと思います)。

②次に、受け取った側は、「自分が求めたわけではないのに」相手が何かをしてくれた訳ですから、相手に対する好印象を持ちやすくなります。交渉型交換の場合、相手が何かしてくれてもそれは合意の結果ですから、「当たり前」ですよね。報恩型交換では、相手の行動は、「予期せぬこと」になり得ます。小さなことでも予期せぬ(自分にとってはありがたい)行動を相手が繰り返してとったり、また、仮に単発の出来事でも非常に印象的な行動だった場合、相手に対する好意や信頼が高まります。

例えば、「新しい職場に配属されてまだ居心地がイマイチ良くない状況で、最初にランチに誘ってくれた先輩」や、「勝負プレゼンの場で自分が詰まった時に、さらっと横からナイスフォローをしてくれたうえで、プレゼン後には『よくやった、お前の手柄だ』と褒めてくれた上司」みたいな人のことは、いつまでも「お世話になった」と覚えているものですよね。

③そして、報恩型交換で、最初にGiveする側にはリスクが伴います。困っている同僚を助けても、相手は自分に何もしてくれないかもしれない。部下のために良かれと思って機会を与えたり、こまめに指導をしても、相手は何も感じていないかもしれない。そう考えると、社会的交換を行う、というのは、大げさに言えば、「いつ、どんな風にリターンがあるのかわからない行為に自らを投じる」ということになります。

そのため、あまりよくわからない、誰ともしれない人同士の間では、「報恩型の交換」は起こりにくいのです。もちろん、個人差はあります。が、総じて言えば、「見返りが帰ってくるかどうかもよくわからない」のに、「相手のために自分の時間を割いてやる」のは、気が進まない、というのが一般的な真理だ、と言えるでしょう。

 


「報恩型の交換」は時間とともに育つ


 

こうした特徴があるため、報恩型の交換は、やり取りを通じて徐々に育つものだ、というふうに考えられています。

上司と部下の関係を例にとりましょう。

上司も部下も、最初に配属された時には相手がどんな人かはわかりません。ですから、相手が何を求めているのか、相手が何をすると嬉しい人なのか、については手探りになります。また、そもそも、自分が何かをしてあげたら何かを返してくれる人材なのか、ということも未知数です。

この状況で有効なアプローチは、「小出しにして相手の反応を見極める」です。

上司からすれば、いろいろとメンバーの反応を見つつ、メンバーにとって良さそうな行動を取ってみる。逆に、メンバーからも上司が喜ぶ、あるいは彼・彼女とは仕事がしやすいと感じるであろう行動を取ってみる。その上で、それに対して相手がどう反応するか、自分が行った行動に相手は反応してくれるか、を見極める訳です。

そして、お互いの「良かれと思って」が上手くかみ合えば、上述の通り相互の好意や信頼が生まれます。

相手のことを信頼していれば、リスクをとることができますから、相手のためにさらに一歩踏み込んで何かをすることが可能になるのです。例えば、上司であれば思い切って重要な仕事を部下に任せてみる、とか、部下であれば、上司から求められていなくてもチームのために必要だ、と感じる施策を考えて、上司に提案してみる、といった行動です。こうした行動にはいずれもリスクがあるため、相手が応えてくれる、という信頼がなければこういう行動は取りにくいのです。

これらの一歩踏み込んだ行動に答えてくれた相手には、さらなる信頼が生まれます。こうして、信頼が育ち、相互にコミットし合う関係性が発展していきます。逆に、そうなれば、信頼を生かして普段なら頼めないような無理を頼む、といったこともできるようになっていきます。

私がコンサルタントとして、あるいは会社勤めをして働く中で見聞きしてきた経験から考えると、どうやら世の中には、こうした一連のプロセスを意識して行う人もいれば、ほとんど意識していない人もいるようです。個人的には「やりすぎ」はどうかと思いますが、相手への信頼を勝ち取るために、自分から積極的にGiveをする、その上でTakeを求める、というアプローチの方が、仕事やキャリア上、成功しやすいのでは無いかな、と思っています。

「自分が相手にとってどう役に立っているか」「相手にとって、自分は嬉しい存在なのか」を考えずに、「相手が何も自分のためにしてくれない」と考えるのはあまり生産的では無い、ということですね。逆に、「良かれと思って」何かをしても、それに応えてくれない相手のために労力を投じるのは無駄かもしれない、ということでもあります。

そして、関係性を育むには、自分から投資するのが大事だ、ということでもあります。

次回は、「報恩型の交換」がなぜ交渉なしでも成り立つのか、私たちが「恩」を感じて、返さなければ、と思うのは何故なのか、について、さらに掘り下げます。

 

<続きはこちらから>

第3回:「交換」に関する考え方は世界共通?