従来の心理学においては、個人の「性格(personality trait)」は成人になった後は、加齢にともなう緩やかな変化を除いては、大きな変化は無いと考えられてきました。
性格テストが企業の採用について幅広く活用されてきたのはこのためです。スキルや知識のような入社後に学べる要素と異なり、性格はあまり変わりにくいので、入社段階で見極めておきましょう、というわけです。たとえば、私が以前所属していたリクルートグループが提供しているSPIのウェブサイトでもこんな風に語られています。
SPI3は、人間の行動のベースである「基本的な資質」を「知的能力」と「性格」の2領域にわけて測定している適性検査です。これらは比較的変わりにくく、入社後育成しにくいため、採用時に見極めるべき領域だと言えます。
しかし、最近の研究からは、成人後の様々な経験によって、加齢による緩やかな変化の範囲を超えて、性格が変化することが明らかになっています。私の博士論文の執筆の過程で、この点についてなかなか面白い研究をいくつか見つけたので、ブログとしてまとめておこうと思います。
失業による性格の変化
例えば、働いていた人が職を失い、一定期間無職でいると、性格が変化する傾向がある、また、その影響は男性と女性によって異なる、ということを、ドイツでの7,000人近くを対象にした4年間の長期にわたる追跡研究から明らかにした研究がBoyceらによって2015年に発表されています。
同研究によると、男性は無職期間が続くと勤勉性が一貫して低下し、女性は社交性が低下していく傾向があるようです。また、無職期間に起きた変化が、再び就職して働き始めることで消えてしまう、と言う傾向も見られました。このことからは、「働いているか、働いていないか」ということが性格という、個人の根幹にあるような特性まで変化させる影響がある、ということがよくわかります。
こうした変化が生じる要因としては、環境の変化に合わせて日々の生活の行動、思考、感情が変化する、そして、新しい環境での生活が長期間積み重なることで、新しい行動、思考、感情のパターンが常態化し、性格そのものが変化する、ということが考えられています。また、男女で影響が異なる背景としては、社会的な役割期待が男女で異なることや、変化に面した時の対処の仕方に男女差があることなどが、要因として指摘されています。
職務を通じた主体性の向上
一方、働き続けている中で、日々の職務環境によって性格に変化が出ることを示す研究も、徐々に報告されています。例えば、Liらは、同じくドイツにおける450人あまりの3年間の追跡調査をもとに、主体性(proactive personality)が変化することを2014年に報告しています。
彼らの分析からは、職務上の特徴と、個人の主体性の間には、循環的な関係があることが示されています。具体的に言うと、
1.「自分の職務をコントロールできる」度合いが高く、「要求水準」が高い仕事についている人ほど、時間とともに「主体性」が高まっていく傾向がある
2.「主体性」が高い人ほど、時間とともに、より「自分の職務をコントロールできる」度合いが高い仕事につく傾向がある
ということです。人は、環境に合わせて性格を変化させていく(1)だけでなく、自分の性格に合わせて環境を選ぶ、あるいは環境を作り変えていく(2)、ということです。
このことは、企業の立場から考えれば、従業員をがちがちにコントロールするのではなく、自ら職務の内容をアレンジしたり見直したりする、といった自律性を発揮する空間を提供することが、「自ら仕事を作り変え、それを通じてさらに主体性を高めていく」という良いサイクルを生む可能性を示しています。また、そうした自らコントロールできる環境を提供することが、主体性の高い人材を引きつけ、引き止める上で重要だ、と言えそうです。逆に、上司があれもこれも口を出して部下に自分で判断をさせず、組織的にも様々な制度で従業員が自ら仕事をコントロールする余地をあたえないでいると、主体性のある従業員は去ってしまうし、また、残っている従業員の主体性も低下する恐れがある、ということでもあります。
逆に、個人の側からすれば、適度なプレッシャーのある中で、自らコントロールできる余地をあたえてくれる環境に身を置くことが、自分の主体性をさらに高めることにつながる、と言えそうです。
私の古巣、リクルートの創業者、江副氏が作った標語、「自ら機会を作り、機会によって自らを変えよ」には真理が潜んでいた、ということを示す研究と言えそうです。江副氏は人間についての非常に鋭い嗅覚を持っていた、というふうにリクルートの昔の話を聞けば聞くほど感じますが、ようやくアカデミックな研究が彼の考えに追いついた、と言ってもいいかもしれません。
また、単に自由を与えるだけではなく、高い要求をし、適度なプレッシャーを与えることもまた、従業員の主体性を伸ばす上では有効だ、ということもこの研究からは読み取れます。ただし、この研究とは別に、高い水準の要求をうける一方で、上司や同僚からのサポートがない状況が長く続くと、ストレスから肉体、精神に悪影響が出るという研究もありますから、あくまでもバランスが重要だ、ということは忘れてはいけませんが。
まとめ
このように、「性格は成年後はあまり変わらない」という通念の見直しを求めるような研究が最近、次々に発表されており、徐々に研究者の間でも性格の安定性については再検討の必要がある、という考え方が徐々に広まっています(もちろん、あくまでも年単位の時間をかけてのゆるやかな変化の話である、という点には留意が必要ですが)。
特に、主体性に関するLiらの研究は重要です。主体性は、様々な職務上のパフォーマンスや、キャリア上の成功に影響していることが知られているからです(もちろん、世の中、高度な主体性が求められる仕事ばかりではありませんが)。
採用時において、主体性を要件の一つに置いている企業は多いと思います。例えば、経団連の調査によれば、「主体性」は新卒採用で求める要件として「コミュニケーション力」に次ぐ第2位に2010年以降、安定して入っています。
しかし、「主体性」を採用時に求める企業群が、果たして入社後に、自らの職務をコントロールして、自律性を発揮できるような環境を提供しているのでしょうか?また、適度なプレッシャーをかけるとともに、燃え尽きないようにサポートを上司や同僚から提供する組織作りができているでしょうか?私のコンサルティングの経験から考えると、主体性の高い人を採用しても、入社後にそれをスポイルしてしまっている会社は少なからずありそうです。
人事に関わる仕事をなさっている方は、採用時に学生に主体性を求めるだけではなく、自分たちの組織がそれを活かし、育める環境になっているか、について振り返ってみるといいかもしれません。
また、採用時に主体性の非常に高い人材を仮に採用できなかったとして、入社後に伸ばすことも可能だ、という点も重要です。大学卒業時にはやや標準を上回る、くらいの主体性の人材を、入社後の機会とプレッシャーを通じて、数年で化けさせるような環境づくりができたら、企業の競争力の基盤となることは、想像に難くありません。むしろ、社会的には、そういう企業が増えることのほうが、価値が高いかもしれませんね。
参考文献:
Boyce, C. J., Wood, A. M., Daly, M., & Sedikides, C. 2015. Personality change following unemployment. Journal of Applied Psychology, 100(4): 991.
Li, W.-D., Fay, D., Frese, M., Harms, P. D., & Gao, X. Y. 2014. Reciprocal relationship between proactive personality and work characteristics: A latent change score approach. Journal of Applied Psychology, 99(5): 948.
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