海外拠点における「全部言わないと伝わらない」問題を巡る議論。

昨日の飲み会の話です。

一昨日、LSEで修士を同じ時期にやって、その後、シリコンバレーのインターネット系の某社の日本オフィスからシリコンバレーの本社というキャリアを歩んでいるN君(同社のロンドンオフィスに出張で来英中)と飲んだのですが、その際に、彼が翌日、大学生時代にお世話になった、今は日本で飛ぶ鳥を落とす勢いのインターネット系の某社のイギリス拠点で幹部をやっておられるTさんと飲む、という話を聞きつけまして、最近のインターネット業界の国際展開、その現場の実情について垣間見る貴重な機会だ、と思い、急遽、参戦させてもらったのでした。

夕方の6時半くらいからスタートして、実に11時半までN君の人生相談(彼だけTさんと僕より10歳以上若いので)から、両社のプロダクト系の組織運営のあり方まで、多岐にわたる議論で非常にご機嫌な飲み会だったのですが。

その中で、議論になったのが、表題の「全部言わないと伝わらない」問題です。

これは、僕が知る限り、イギリスやアメリカ、中国などへの赴任経験のある方にはおなじみのトピックなのですが。そして、多分他の地域でも似たようなことは起こりがちだと思います。どういうことかというと、

日本人赴任者が、現地の部下に何か仕事を任せたり、目標設定をする際に、日本であれば「これで伝わるだろう」という話し方では、全く相手が納得せず、「伝えたいこと」の背景にある、「会社の方針」「組織の現状」「今それが重要な理由は何か」「それを実現することでどんな意味があると考えているのか」「(他の人にではなく)その部下に任せる理由は何か」といった、背景・文脈状況を個別具体的に、毎度毎度説明しないといけない。

という現象です。

実はこの現象を僕が認識したのは、2011年に修士論文のために中国とイギリスで日系企業の赴任者と、現地従業員にインタビューした時が最初でした。そのインタビューからは、「全部話す」コミュニケーションが必要だ、ということを早期に認識し、自分のコミュニケーションスタイルを見直した赴任者は、比較的、現地のメンバーにリーダーシップを発揮しやすく、逆に、この点をいつまでたっても変えず、日本流のコミュニケーションを行っている方は、得てして部下を引っ張りきれず、成果が上がりにくい傾向がある、という傾向が浮かび上がってきました。

その後、様々な企業の日本人赴任者の方とお話しをする機会があった際に、時々聞いてみるようにしているのですが、僕が聞いている限り、これは、日本人赴任者が海外が直面する主要課題の一つ、と言っていいと思います。金融、電器メーカー、システム開発など、業界を問わない点が大きな特長です。

 


ハイコンテキスト文化な日本


これは、比較文化論における「ハイコンテキスト vs. ローコンテキスト」という考え方と密接に結びついています。

日本のコミュニケーションには、「お互いに言いたいことを全部必ずしも表現しない」「聞き手は、(前後の状況や、相手が誰なのか、話の流れなどから)表現されていない意図を推測しようとする」という点に特徴があります。

まさにこのコミュニケーションの特徴を象徴的に表すものとして、「空気読めよ」というものがあります。集団の中で、特にだれも言葉にしていない、でも、みんなが共有していると思っている雰囲気や暗黙のルール、会話の方向 ・・・ そうしたものを読み取れないと、「空気が読めない」と言われてしまうわけです。

別の例としては、「考えておきますね」というのがあります。例えば、顧客と営業の間の会話で、営業からの提案に対して、顧客が「考えておきますね」といった時の意図は何でしょうか?

とりあえずその場ですぐに「あ、いらないです」と断るのも角が立つので、とりあえず「考えておきますね」とやんわり会話を終わらせただけで、実は考える気はない

のか、それとも、

なかなかいい提案だと思っているが、いますぐ決断できないので、「考えておきますね」と文字通りの意図で言った

のか。どちらでも状況と雰囲気によってありえます(前者が多そうな気もしますが)。営業担当としては、本当のところはどう考えているんだろう、というのを、その顧客のいつもの行動や、表情、会話の流れなどから判断する、というわけです。

僕はこうしたことが苦手で、リクルート時代は先輩たちから「吉川は空気が読めない」といつも指摘されていました。先輩たちから、「いいか、お客さんと話すときは、お客さんが何を話してるか、だけじゃなくて、なぜお客さんがそういうことを言うのか、お客さんが社内でどんな状況に置かれているのか、そっちを考えろ」と良く言われたものです。「口に出してくれたらわかるのに」と思ってもダメなわけで、お客さんが言葉にしないところまで読み取って話せ、というわけです(諸先輩の指導のおかげで、多少はましになりましたが、残念ながら、今でも僕は日本人としてはできが悪いと思います)。

こうした傾向は、どうやらかなり古くから日本にはあるようです。日本の伝統芸能の世界では「皆まで言うのは野暮(=全部あからさまに話をしてしまうのは粋ではない)」といった感覚があるという話を聞いたことがあります。また、「あうんの呼吸」ということわざにも、全て言わなくても通じるのが良いことだ、という感覚が表れています。

このように、「言いたいことを全て言わない」「それでも聞き手が状況に応じて読み取る」というコミュニケーションの特徴を持つ文化を「ハイコンテキスト文化」と言います。コンテキストとは文脈、すなわちコミュニケーションを取り巻く周囲の状況のことを指します。言い換えれば、ハイコンテキスト文化とは、表現されたこと(=コンテンツ)の意味解釈が、前後や周囲の状況(=コンテキスト)に依存している傾向が強い文化だ、ということになります。

逆に、原則的に「言いたいことは口に出して表現する」「聞き手は、言葉として表現されたものが話しての意図だ、と受け取る」という傾向がある文化を「ローコンテキスト文化」と言います。こうした文化では、表現されたことだけで(逆に言えば聞き手の状況理解に頼らず)意図が分かるようにコミュニケーションがなされる傾向があります。

世界的に見ると、日本は、最高水準でハイコンテキストな文化だと考えられています。ちなみに、ローコンテキストな文化の例には、ドイツ、アメリカなどがよく挙げられます。イギリスはアメリカ人やドイツ人から見ると、「思ったことを口にしない」ように見えるようですが、日本に比べると、そうは言ってもローコンテキストな文化だ、というのが一般的な見方です。確かに、イギリスの高等教育におけるスピーチやエッセーの訓練には、「文脈が共有できていない相手にいかに効果的に意図を伝えるか」という要素がかなり強くあります。

 


日本における上司と部下の会話


このようなハイコンテキストスタイルは、日本における上司、部下関係においても広く見られます。具体的に言えば、上司は、部下に仕事を任せたり目標を設定する際に、細々と背景や状況を説明したりしませんし、逆に言えば、そういう説明がなくても、指示の裏に隠れている上司の意図や、組織的な事情を察せる人が「あいつは組織がよく見えている」というふうに評価されたりします。

このことは、日本の組織運用の特徴である、新卒採用 => 長期雇用とも関係しています。同じ会社に長い期間在籍することで、組織のさまざまな人と人間関係を構築し、組織の歴史を知り、どのように意思決定が行われ、仕事が回っていくのか、ということを学ぶことで、「皆まで言わなくてもわかる」ように、個人は育っていくわけです。

これは、ある意味非常に効率的です。もちろん、組織の「空気」を学んでもらう必要がありますからそれには時間がかかりますが、一度その空気に馴染んでしまえば、「全部言わなくてもわかる」人になってくれるわけで、管理職にとっては非常に楽です。

逆に、中途採用で新しい職場に入ると、スキル的には十分即戦力で機能するはずの人でも、実力を出し切れない、といった例をよく聞きます。この背景には、こうした「言葉にならない組織内の空気」を知らないこと、が一因になっているのではないか、と私は思っています。

 


”ハイコンテキスト” meets ”ローコンテキスト”


ある意味、日本の組織運営は管理職から見ると非常に効率的です。あまり多くを語らなくても、部下が職場の状況や上司の意図を察して自分から動いてくれるわけで、こんなに効率のいいことはありません。

ただし、これに慣れている日本の管理職は、海外で、日本よりもローコンテキストな社会で育ち、なおかつ、日本の組織の空気(=コンテキスト)を知らない部下に直面すると、大きな壁にぶつかることになります。

日本と同じように「あまり多くを語らない」スタイルでやってしまうと、相手は「よく分からない」からです。相手は、「言葉として語られない意図を、コンテキストをもとに解釈しなければいけない」ということをよく理解できませんし、さらに言えば、解釈のために必要なコンテキストを知らないわけですから、管理職の「言葉になっていない意図」を理解できるはずがありません。

大学時代からイギリスで学んだ経験があり、アメリカで仕事をしているN君はこのことを、「日本では、聞き手が相手の意図を解釈して読み取る責任がある」のに対して、「アメリカやイギリスでは、話し手が相手に伝わるように話す責任がある」のだ、つまり、「聞き手責任」vs. 「話し手責任」という点に、根本的な違いがある、と言ってました。確かに言いえて妙です。

日本のコミュニケーションに慣れている管理職は、言葉少なく語っても、「相手が理解してくれるはずだ」と自然に考えています。そして、相手が理解できないと、「なぜ分からないんだ」と憤ってしまうことすらあります。

しかし、逆に、そうしたハイコンテキストコミュニケーションに慣れていない現地の従業員は、原則的に「管理職が自分にわかるように全部ちゃんと説明してくれるはずだ」「言葉で言っていないことは、分からない」と自然に思っている傾向があります。逆に、管理職が言葉少なに話し、自分が納得できる説明をしてくれないと「この管理職は、自分をちゃんと扱ってくれない」と感じてしまうことすら起こりえます。

言ってしまえば双方の前提が違う、ので、すれ違う、という典型的な異文化コミュニケーション問題なのですが、これに対しては、どのように対策すればいいでしょうか?

最初の話に戻りますが、管理職の側としては、まさに「全部を話す」必要があります。相手が自分の言いたいことを理解できるよう、前提を言葉に出して話す、ということです。例えば、新たに仕事を任せる場合であれば、「事業や組織の状況」や、「これまでこんな風に取り組んできて、今度はこうするのだ、そしてその先にはこれを狙っている」といった時系列でのシナリオ、さらには、「なぜ(他の人ではなく)あなたに任せるのか」といったことまで話す必要がある、と考えたほうが安全です。

また、定期的に、グループや部で会合を開き、「上位組織の方針」「グループや部の方針」「最近の進捗状況(何を達成できたか)」「次の課題(何に取り組むべきか)」「体制(誰が何をやるか)」といったことを、改めて管理職から言語化して話し、全員で共有する場を持つ、というもの効果的です。

上記のインタビューで伺った、ある日系金融機関で働くイギリス人によると、「私はイギリス企業でもフランス企業でも働いたことがあるが、そういう、みんなで戦略を共有する場を持たないのは、この日本企業が初めてだ。みんなで理解を共通にする重要な場なのに、なぜそれをやらないのか理解できない」ということでした。逆に、この話を日本人赴任者にすると、「日頃の会話で端々に触れて話をしているのだから、わかっているはずだ。改めてわざわざそんな場が必要な理由がよく分からない」というのが一般的な反応です。私見ですが、ここにも典型的なローコンテキストとハイコンテキストの文化の違いが表れているように思います。

もちろん、永遠に、誰にでもこれをやり続けなければいけないのか、というと、おそらく違うでしょう。長年、勤めている幹部であれば、組織のコンテキストを徐々に理解していくはずですから、次第にこうしたコミュニケーションの必要性は下がっていくと考えられます。また、個人差ももちろんあります。相対的に空気が読める、という人も、海外拠点の人材の中にいるかもしれません。

しかし、大前提として、日本のような長期雇用の組織ではない、そして、社会全体として「空気を読む」「阿吽の呼吸」ということを重視する社会ではない、と考えると、基本的には「全部話す」必要がある、ということを理解しておくことが重要だと思われます。

 


”ハイコンテキスト” meets ”ハイコンテキスト”


最後に、ハイコンテキスト文化の出身者が、違うハイコンテキスト出身者と話すときはどうなのか、という点が残っています。

例えば、中国はハイコンテキスト社会だと言われていて、中国人同士で話しているときは、どうやらハイコンテキストな傾向があるようです。では、日本人が中国に赴任した時については、どうすればいいのでしょうか?

私がインタビューで調べた限りでは、やはりローコンテキストにする必要があるようです。中国の現地従業員から日本人赴任者について「もっと明確に意図を伝えて欲しい」「何を考えているか、よく分からない」という声を多く聞きましたし、日本人赴任者からも、「日本よりもはるかに何でも明確にしないと、中国の従業員は納得しないし動かない」という声を聞いています。

N君のシリコンバレーの職場の同僚は多くが中国人だそうですが、彼らとは完璧にローコンテキストでやり取りしている、とのことでした(ただし、中国人同士の中国語での会話にはうかがい知れない部分がある、とも言ってましたが・・・)。

さらに、これに関連して、最近行った中国のある日系企業の拠点での調査でも、「日本人上司のコミュニケーションの明確さ(意図を明確に話しているか)」と、「中国人部下から上司に対する信頼」の間には明確な相関がみられました。「全部言う」ことの重要性がここからも見えています。

実は、こうした、”ハイコンテキスト” meets ”ハイコンテキスト”の場合に何が起きるのか、という点については、ほとんど研究がありません。おそらく、比較文化研究を引っ張ってきたのが欧米の研究者のため、自然に、ハイコンテキスト vs. ローコンテキストがテーマとして研究されやすかったのだと思われます。上記のインタビューや調査などをもとに、これから論文にまとめていこうと思っていますので、また、改めて書こうと思います。

広告

投稿者: 吉川克彦(Katsuhiko Yoshikawa)

国際人事・組織論に関する研究者、コンサルタント。PhD (Management, London School of Economics and Political Science)。2017年8月より、上海交通大学安泰経管学院にて、Assistant Professorに就任予定。 主な研究分野は組織論、人材マネジメント論、国際経営論。 Journal of World Businessに査読付き論文が掲載されたほか、Academy of International Business, Academy of Management, Association of Japanese Business Studiesなどの学会にて研究発表の実績あり。また、日本国内でダイバーシティマネジメントについての書籍を出版。また、人事関連の雑誌への寄稿、新聞への論考を掲載。主な研究実績についてはこちら。 コンサルタントとして、様々な業界の日本企業の人事・組織変革を支援。主なテーマは、企業理念の浸透、ダイバーシティマネジメント(女性活躍促進を含む)、人事諸制度の再構築、海外法人における人事体制の確立、次世代リーダー育成、採用戦略の立案など。 1998年にリクルートに入社。人材、組織に関する研究、コンサルティング、サービス開発に 従事。2013年に同社を退社。 1974年 兵庫県西宮市生まれ。京都大学経済学部卒。2011年にLondon School of Economics and Political Science にてMSc. Management, Organisations and Governance 優等修了(Distinction) および、PhD in Management (Organisational Behaviour and Employment Relations Track)を終了。 ご連絡はこちらまで。 katsuhiko78@gmail.com / k.yoshikawa@lse.ac.uk

コメントを残す