昨今、労働市場の活況を受けて離職率が高まっている、という問題意識を日本の大企業の方からも聞くようになりました。

ただ、詳しく聞いてみると「働き盛りの層が何人か最近辞めた」といった話で、僕の感覚からすると「いやいや、全然それは離職率高いとは言わないです」という風になったりするのですが(リクルート→イギリス→中国のため、相場観が高止まりしてます)。とはいえ、「今までは全くと言っていいほど辞めなかった」という感覚をお持ちの人事の皆さんにとっては、危機感が湧く状態なのでしょう。

一方で、「離職率が低いのは、企業として新陳代謝が進んでいないことの表れである。むしろ、一定レベルの離職があったほうが良い」というような主張も存在します。ちょうど昨日、フェースブック経由でジーンクエストというバイオベンチャーの経営者の高橋さんのブログを拝見しました(以下、リンク先からの引用。強調は原文より)。

勤続年数の長さを誇る組織は、体の細胞の入れ替わりのなさを個人の体が誇っているようなもので、これまで話してきた非連続性の創出ができていないということになります。
特にベンチャーだと、成長する過程で幹部人材やメンバーの入れ替わりが起こることはよくありますが、生命の誕生から成長の過程では、そのステージによって必要な細胞が変わっていくことは自然なことで、逆に必要な細胞が入れ替わらないと成長することができません

このブログ記事は、生命論の観点から組織について考察していて、離職に関するところ以外にも色々と興味深いです。

しかし、離職率に関しては、最近の組織論研究からの知見に基づくと、

「会社にとって、離職率がある程度あったほうがいい」という主張は、
一般的な原則としては成り立たない

というのが、現時点の回答になります。

(ちなみに「一般的な原則としては」という部分が大切でして、これが当てはまらない状況は色々考えられます(追記:上記のブログの主題であるベンチャーはおそらくまさにそれにあたるかと)。スカッとしませんが、組織現象というのは大抵そうです)。

と、いうわけで、ここでは、まず、離職率と組織のパフォーマンスの関係に関する理論について紹介した上で、実証研究から何がわかっているか、について紹介して、最後に「一般的な原則」が当てはまらない状況について考察しようと思います。

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理論的な観点

離職が組織パフォーマンスに与える影響に関する研究には長い歴史があるのですが、大雑把にまとめてしまうと主張としては二つ。

一つは、「離職はパフォーマンスを下げる」というもの。例えば、

  • 人材が流出することで、その人材が持つスキルや知識、経験(=ヒューマンキャピタル)と、その人の社内外のネットワーク(=ソーシャルキャピタル)が失われる
  • それらが失われることで、組織の機能状況が低下し、パフォーマンスに悪影響が出る

という理論です。

組織の中で個人が機能するためには、汎用的な技術やスキルに加えて、その会社のルールや仕事のやり方を学習し、社内外の人脈をもっていることが必要です。そして、そうやって機能する状態になった人が抜けてしまうと、その穴をふさぐ労力を誰かが投じる必要があるわけです。それにともなって、一定の混乱が生じることは避けられない。そうした「穴が空く」頻度が高いほど、円滑な組織活動に与えるダメージは大きくなる、というわけです。

このロジックに対しては当然のことながら、「それって辞めるのが誰かによるよね」という反論がありえます。「組織内であんまり機能していない人材」がいなくなっても害は小さいのでは?さらに言えば、「いるだけで周りに害を及ぼす」ような人だっている。

こうした考えを元に提唱されたのが二つ目の理論的主張、「一定水準の離職はむしろ組織パフォーマンスを高める」というものです。この派の論者は、離職が生じることによって

  • 無駄な給与を払わなくて良くなる
  • 新しい人が代わりに加わることで、組織が活性化する
  • 組織にフィットしない人材を退社することができる

などのメリットがある、そして、

  • 離職率が低いうちは、これらのメリットが離職のデメリットを上回る。
  • そのため、ある程度の水準までであれば、離職率が上がることは組織パフォーマンスにプラスに働く

と主張します。もちろん、離職率が高くなりすぎると、デメリットがこれらのメリットを上回ってしまいます。そのため、このロジックに基づくと、離職率と組織パフォーマンスの関係は逆U字カーブを描くはずだ、ということになります。

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実証研究からの示唆

こうした議論を元に、実際のところどうなの?ということを確認するための実証研究がたくさん行われています。当然、研究によってサンプルや時期、環境が異なるため、結果は必ずしも一貫しません。一つ目の主張を支持する研究もあれば、二つ目の主張を支持する研究もあります。

ここでは、これらの結果を一つ一つご紹介する代わりに、2013年に発表された、Tae-Youn ParkとJason D. Shawによる104本の論文を元にしたメタアナリシスの結果をご紹介します。メタアナリシスとは、これら数多ある研究の結果を統計的に統合、再分析する手法で、そこから導き出される結果は、個別の研究の行われた状況を超えた、普遍的、横断的な傾向だ、と言えます。

また、一般的に離職と言えば自主的離職(個人が自分から辞める)ですが、この研究では、「組織による解雇」と「ダウンサイジングによる解雇」(組織による解雇に似ているが、解雇のあと、ポジションを埋めるための採用が行われない点が異なる)も広い意味での離職と見なして、これらについても分析を行っています。

この研究からの主なポイントをまとめると以下の5点。

  1. トータル離職率(上記3つの種類の離職のトータル)が高いほど、組織パフォーマンスは下がる傾向がある
  2. この傾向は、パフォーマンス指標の種類(従業員生産性、顧客満足度、財務業績等)にかかわらず一貫している。
  3. 離職の要因別にみると、「自主的離職」「ダウンサイジングよる解雇」はパフォーマンスにネガティブな影響がある一方、「組織による解雇」がパフォーマンスに与える影響はプラスでもマイナスでもない(統計的に有意ではない)
  4. トータル離職率、自主的離職率については、離職率の水準が高いほど、離職率と組織パフォーマンスとのマイナスの相関が大きくなる傾向が見られる(→加速度的にネガティブな影響が大きくなる)
  5. 離職率のパフォーマンスへのマイナスの影響は、総じて組織の規模が小さいほど大きい

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これらの分析結果で最も重要なポイントは、上記で述べた一つ目の理論的主張である「離職はパフォーマンスを下げる」が支持され、二つ目の「一定水準の離職はむしろ組織パフォーマンスを高める」は支持されなかった、ということです。これを言い換えると、冒頭で述べた通り、

「会社にとって、離職率がある程度あったほうがいい」という主張は、
一般的な原則としては成り立たない

ということになります。

上記で紹介したPark & Shaw論文は、相当な数の研究を束ねた再分析のため、ある種、これで離職率とパフォーマンスの関係をめぐる論争については一旦の決着がついた、と見ていいんじゃないかな、と僕は思っています(もちろん、今後さらにここを起点に新しい研究が行われるはずですから、さらなる発見が期待されるわけですが)。

ですから、「一定の人数が辞めたほうがいいのだ」「新陳代謝を促す人事制度上の仕組みがあったほうがいい」といったアドバイスを耳にしたら、「何を根拠に言ってます?」「それってどんな状況の場合の話ですか?」と確認してみるべきです。上記の5を考えると、小規模な組織の経営者や人事の方は特にそうですね。

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もう一つ興味深いのは「組織による解雇」とパフォーマンスとの関係がプラスではなかった、という点です。一般的に考えれば「組織による解雇」は「貢献度が低かったり、組織に害を与える人材を解雇し、代わりに、もっと組織活動に合致した人を採用する」ということですから、理屈上は、組織パフォーマンスに貢献しそうです。

しかし、メタアナリシスからは、組織による解雇は組織パフォーマンスに必ずしもプラスの影響を与えない、という結果になっています。これはなぜでしょうか?

考えられる要因としては、「必ずしも、解雇した人より優秀な人を採用できるとは限らない」「新たに採用した人が、組織にうまく馴染んで成果を上げてくれるとは限らない」などがあります。人事に関わっている方々には実感があると思いますが、いい人を惹きつけ、見極め、採用するのは難しい。そして、せっかく苦労して採用してしまった人も、活躍するとは限らない。「活躍していない人を解雇して、もっと活躍できそうな人でリプレースしよう」というのは、捕らぬ狸の皮算用かもしれない、ということです。

とは言え、解雇が組織パフォーマンスにマイナスの影響を持っているわけではないということからは、

個人に自発的に辞められるよりも、組織として合わない人に辞めていただくような働きかけをする方が、組織にとってはダメージが少ない

というのは重要な示唆だと言えるでしょう。

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「一般的な原則」を超えて

しかし、最後に一つ、重要な「ただし」があります。

上記でも繰り返し書きましたが、これらの結果は多くの状況をおしなべて俯瞰したときに得られる「一般的な傾向」です。組織論に限らず社会科学の研究は(物理などの自然科学と同じように)一般的、普遍的に通用する法則を見出そう、ということに関心があり、メタアナリシスはその最たるものです。

これを裏返すと、こうした傾向が当てはまらない「特殊な状況」というのも存在するかもしれない(というか、存在するだろう)、ということが言えます。

例えば、ベンチャー企業などでよくあるように、戦略的なピボットを行って、その結果「今までと断絶した活動を行う、そのためには今まで社内にあったスキルや知識、経験があんまり役に立たなくなる、逆に、全然違うスキルや知識、経験が必要になる」といった状況では、離職のパフォーマンスへの影響があろうがなかろうが、人を入れ替える必要性が一定数生じるはずです。いま、パフォーマンスをあげていない活動の遂行にダメージがあったところでそれは問題では無いわけですし。頭で紹介したブログからの引用にあった通り、経営のステージが変わる場合も、似たようなことがあるかもしれません。

そもそも、ベンチャー企業はおそらくあんまり「離職率とパフォーマンスの関係」を分析する研究の対象にならないと推測されますしね(新しい事業を生み出す段階の企業では、離職率以外にパフォーマンスに影響を与えそうな要因が山ほどあるので)。

また、個別の人のレベルで、「自身が組織に貢献しないだけでなく、周囲の人材に悪影響を与えるなど、組織に害のある人」というのも存在しますよね。そういう人は、解雇することによって一時的に混乱が生じたとしても、解雇したほうが良いのかもしれません。

このように、様々な「特殊な状況」が考えられるということも念頭に、参考にしていただけると幸いです。

参考文献:
Park, T., & Shaw, J. D. (2013). Turnover Rates and Organizational Performance: A Meta-Analysis. Journal of Applied Psychology, 98(2), 268-309.

3件のコメント

  1. 面白い研究の共有ありがとうございます。質問よろしいでしょうか。
    1. “離職は会社のパフォーマンスを下げる”と”会社のパフォーマンスが下がりそうだと離職が高まる”の因果の逆転は整理されているのでしょうか。
    2. アメリカと比べて転職水準が極めて低いことや、会社理由による解雇という選択肢がない(新陳代謝を自らの意志で実行できない)多くの日本企業に適用できるのでしょうか
    3. システムとしてup or outの会社と他の会社では状況違うでしょうが、”業績が伸びる見通しが立たなくいと強制退職を促す”というのと、”強制退職させても業績伸びなかった”の因果は同じく整理されているのでしょうか。

    1. ありがとうございます。ずいぶんお返事が遅くなりました。
      1つ目については非常に良いポイントですね。研究上はタイムラグを作ることによってこの手の問題を解決することが多いです。すなわち、離職のデータをとってから、しばらく経った後で業績のデータを取る、ということです。ここでご紹介した研究については、そうしたタイムラグをつけている研究と、そうではない同じタイミングのデータを使っている研究(そのために、厳密に言えばおっしゃるような因果の逆転はごちゃごちゃになっている)ものをまとめて分析していると思いますので、そこは若干曖昧なところです。更に言えば、時系列で、離職と業績をずーっと追いかけて、どちら向きの影響が強いのか、を検証するとさらに骨太な研究になります。が、実際にそうしたデータを取るのはなかなか難しいので、特に最後の時系列研究は私もみたことがありません。

    2. 2つ目については、おっしゃる通り、制度環境がかなり異なる中で、同じように理屈が当てはまるかについては、慎重にみる必要がありますね。ただ、「自主的な退職」に関しては当てはまるのではないかと思っています(日本でも普通に自主的な退職はありますよね。他国に比べると限られますが)。ちなみに、イノベーション(特に漸進的なものではなく大きく物事を変えるようなもの)については、流動性が高いほど進みやすい、という研究もあり、多くの日本の大企業の現状を考えると、離職率を高めて(一時的に業績にマイナスの影響がでるとしても)イノベーションを起こすことで、新たな成長の基盤を作りたい、という考え方はあり、だと思います。

      3つ目については、本研究では強制退職させても業績が伸びない、むしろ、強制退職させることと業績との間にはマイナスの相関がある、ということが示されています。が、1つ目と重なりますが、時系列での因果の逆転があり得る点についてはおっしゃる通りです。

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