「情けは人のためならず」ということわざの趣旨は、

「人の手助けをしておけば、めぐりめぐって、いずれ自分にその善行が帰ってくる」

ということです。

これは処世訓として古くから語られていることです。が、果たしてこうした現象はビジネスにおいても当てはまるのでしょうか?それとも、逆に、人を手助けするような甘ちゃんは、周りに食い物にされてしまうのでしょうか?

今回は、「情けは人のためならず」が実際にビジネスの世界でも機能しうることを示した研究をいくつかご紹介した上で、「ただしそれは人による」ということを示す、僕自身の研究をご紹介します。

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Westphalらは2012年の研究で、以下のような傾向を報告しています。Westphalは企業のCEOやボードメンバーの心理や行動に注目した研究を行っている研究者なのですが、この研究では、CEO間の横の助け合い、に注目しています。

企業業績が悪化すると、CEOはどうしてもマスコミから叩かれる傾向があるわけです。が、あるCEO(仮にAさんと呼びましょう)が叩かれている際に、その企業の業績について記者からコメントを求められた他社のCEO(Bさんとします)が、「いや、今回は厳しい業績になったけど、経営自体に問題があるとは限らないよ。環境面での逆風が強いんだ」とフォローを入れることがあるのです。こうしたいわゆる「口先介入」によるイメージ支援は、当のCEO(この場合Aさん)にとっては心理的に実にありがたいものだそうです。

Westphalらはニュース等で報道されたCEOのコメントについて過去のアーカイブを遡って膨大なデータベースを作り、さらには自分たちでCEOを対象にサーベイも行い、統計的な分析を通じて、こうした行動がどういう仕組みで生じているのか、を研究したのです。

そこからは、二つの「助け合いの連鎖」が生じていることが明らかになりました。一つ目は、

  • 他のCEOが叩かれている際に「フォローコメント」を行うCEOは、自分が同じように叩かれた際に、他のCEOから助けてもらえる傾向が高い。彼、彼女から助けてもらった、いわば、直接的に恩のあるCEOが恩返しをしているだけではなくて、関係のない第三者の立場にあるCEOたちからも援護射撃が飛んでくる傾向が高まる

ということです。これに関連して、あるCEOはこのように語っています。

「なぜ彼を助けるような発言をしたかって?彼は、過去に他のCEOが叩かれていた際に、助けるコメントをしていたのさ。その彼が窮地に陥っているのを見て、今度は僕の番だと思ったんだよ。」

これは非常に興味深いですよね。「彼が他の人を助けた」ことに対して「僕が彼を助けることで報いよう」という心理がこのCEOの心の中で働いている。自分自身が何か恩を受けたわけでもないのに、です。

筆者らが発見した二つ目の傾向は、

  • 他のCEOから、フォローコメントを受け取ったCEOは、フォローをしてくれたCEOに対してだけではなく、他のCEOに対してもフォローコメントをする傾向が高まる。

ということです。これは「ペイ・フォワード(Pay it forward)」といわれる現象です。過去に同タイトルの映画にもなりましたのでご存知の方もいると思いますが、人からもらった親切を、別の人に対する親切でつなぐ、という行動です。恩を受けた相手に報いるのではなく、誰か他の人に親切にすることでその恩を社会に返す行動と言ってもいいでしょう。

これらの発見から示されていることは、社会における交換は厳密に「1対1」に止まっているわけではない、ということとです。「AさんがBさんを助けて、その恩返しにBさんがAさんを助ける」。これはわかりやすい。こうした行動が上司と部下の関係などで様々に研究されてきたことはこれまでにもご紹介しました(例えばこちら)。

しかし、それに加えて、もっと多くの人を巻き込んだ、善意の連鎖のようなものが社会には存在しており、善意は人に伝わっていくし、他の人を助けると、他の人からも助けてもらいやすくなる、ということが存在するわけです。これが、アメリカの大企業のCEO、というビジネス社会の権化のような人たちの間に生じていることを示した点が、この研究の興味深い点と言えます。

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こうした傾向は、2014年に発表されたBakerとBulkleyによる、MBA学生をサンプルに用いた研究でも発見されています。彼らはMBA学生を対象に、学生が他の学生に質問したり、回答したりできるオンライン掲示板を設置し、学生たちの行動パターンを分析しました。

この研究からも、「多くの回答をしている学生は、自分が質問をした際に、他の学生から回答が得られやすくなる」「他の学生から回答してもらった学生は、その後、他の学生の質問に対しても回答しやすくなる」ということを示しています。

やはり、「情けは人の為ならず」は機能しているのです。

他の人のために行動すると、めぐりめぐってそうした善意は他の人に伝わっていくし、助けた相手以外の人からも助けてもらいやすくなるのです。

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僕が博士過程で行った研究は、こうした研究をさらに一歩推し進めるものです。こうした行動における「個人差」に注目しました。言い換えれば、

「誰もが善意の連鎖に喜んで加わるわけじゃないだろう」

というのが根本的な発想です。世の中には、「そのうちめぐりめぐって帰ってくるだろう」と考え、「今すぐ自分にメリットがなくても人を手助けするのは、最終的に自分にとって得なのだ」と考える人もいれば、「自分に得があるとはっきり分かっているのでない限り、人を助けるのは嫌だ」と考える人もいるはず、そう考えたのです。

結論としては、その通りでした。日本とアメリカで調査を行い、今回紹介したような行動をとろうとする心理的傾向に個人差があること、そして、そういう傾向が強い人は実際に他の人のために行動する傾向が強いことが確認できました。「めぐりめぐって帰ってくるだろう」という、いわば「利己的」な心理で、他の人を助けるという「利他的」な行動をとる人たちが、日本にもアメリカにも一定の割合で存在するのです(社会的に見てどちらが多いか、についてはサンプル数も少ないので、今回の研究ではなんとも言えませんが)。

ここからの重要な示唆は、

「情けは人の為ならず」が機能するかどうかは、人による。

ということだと僕は考えています。みんなが「善意はめぐりめぐって帰ってくる」と思ってるようなタイプの人たちだったら、自分もそういうふうに行動した方が得ですね。多分、報われる可能性が高い。

でも、周りが「自分にメリットがはっきりしてない限り、人を助けるのは嫌だ」と思うような人たちばかりだったら、自分が周りの人を助けても、それがめぐりめぐって帰ってくることは想像しにくい。自分の手助けは、周りの人たちに吸収されて消えてしまうでしょう。

そう考えると、おそらく上述のアメリカのCEOたちにせよ、MBA学生たちにせよ、一定比率、「長期的には自分のためになる」派の人たちが含まれていたのではないか、と思われます。

現在、この研究を発表に向けて執筆中ですが、今後究はさらに、「個人差」に加えて「どんな状況」だったら、こうした現象が起こりやすいのか、を掘り下げていきたいと思っています。

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参考文献:

Westphal, J. D., Park, S. H., McDonald, M. L., & Hayward, M. L. A. (2012). Helping Other CEOs Avoid Bad Press: Social Exchange and Impression Management Support among CEOs in Communications with Journalists. Administrative Science Quarterly, 57(2), 217-268.

Baker, W. E., & Bulkley, N. (2014). Paying It Forward vs. Rewarding Reputation: Mechanisms of Generalized Reciprocity. Organization Science, 25(5), 1493-1510.

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