先日、縁があってダイバーシティマネジメントに関するワークショップにお招きいただきました。ドイツのゲッティンゲン大学にて開催されたもので、ドイツと日本の様々な分野の研究者を招き、両国における様々な分野でのダイバーシティマネジメントの現状について共有するとともに、今後の研究についての新しい視野を得ることを目的としたものです。

ワークショップの様子はこちら

そこで非常に興味深かったのが、ダイバーシティマネジメントの焦点が国によって大きく異なる、という点です。そもそも、ダイバーシティマネジメントという概念は、非常に多義的なものです。ダイバーシティ=多様性には、様々な観点が含まれ、代表的な要素だけでもジェンダー(男女)、性的志向、年齢、民族、文化、宗教、学歴、職歴などなどが含まれます。今回のワークショップでの発見は、国によって「こうした様々な要素のうち何が注目を集めるか」には大きな違いがあるということです。


 

まずは日本。日本においては、ダイバーシティマネジメントの主たる焦点は「女性」である、といういのが、ワークショップに参加した様々な研究分野の研究者に共通する見方でした。

多くの企業で「ダイバーシティマネジメント推進室」や「ダイバーシティマネジメント担当」といった部署、役職が設置されていますが、その方々の中核的な職務は女性の活躍推進であり、それ以外の「ダイバーシティ=多様性」の軸に大きな焦点が当てられている、というケースは少ない、というのが私の印象です。コンサルタントとして、様々な企業でダイバーシティマネジメントの推進のお手伝いをしてきましたが、多くの企業での議論は、様々なダイバーシティの観点が存在することを認識しつつも、「まずは女性から」というものでした。もやは5年から10年前のことですが、状況は大きく変わらないようです。

こうした状況を反映し、「ダイバーシティマネジメント」と銘打った書籍においても、中心は「女性」あるいは「ジェンダー」に置かれていますね。僕が以前にリクルートの同僚と出版した書籍、「実践ダイバーシティマネジメント-何を目指し何をすべきか」でも、内容はほぼ女性の活躍促進に焦点を当てたものでした。

こうした状況の背景には、(1)高齢化が進む中で労働人口の急激な減少が起こりつつあり、人材確保が多くの企業において急務となっていること、そして、(2)そうした人材確保の手段として、女性の労働参加が政治的にハイライトされ(安倍政権の中核政策の一つですし)、様々な促進策が打たれていること、さらに、(3)日本国内の組織を見る限りにおいては、圧倒的なジョリティーは日本出身の人材であり、結果、民族や文化、宗教における多様性に注目が集まりにくい、ということが挙げられるでしょう。

(3)については、コンビニや居酒屋などのサービス業の現場や、国際展開の激しい一部の多国籍企業では状況は変化しつつありますね。言語(日本人が英語を苦手とすることが多い)、日本独特の雇用システム(長期雇用、社内労働市場、緩やかなキャリア形成など)、文化(ハイコンテキストなコミュニケーションなど)などの様々なチャレンジがありつつも、徐々に状況は変化しつつある。とはいえ、「ダイバーシティマネジメント」という言葉と、こうした動きが関連付けて語られることはまだまだ限られるようです。

 


 

それに対して、ドイツの場合、もちろんジェンダーは重要なテーマなのですが、視点はかなり幅広く、特に、「文化的多様性」という点が大きなテーマに挙げられていました。この背景には歴史的な移民政策と、その結果としての国内の多様性が影響しているようです(以下の記述については大和総研のレポートを参考にしました)。

まず、ドイツが属しているEUのシングルマーケットの重要な原則の一つとして「移動・就業の自由」があります。これは、EUに属している国の市民であれば、EU内のどこの国でも労働ビザなしに働き、暮らすことができる、というものです。企業の観点から見れば、労働市場が国の壁を超えて統合されている、ということですね。ドイツは経済が強く、所得水準が高いので、東ヨーロッパ諸国や、特に世界金融危機以降はイタリアやスペインなどの南欧諸国(若者の失業率が非常に高い)から多くの人が流入しています(これは、僕が2013-2017年に住んでいたイギリスでも同じでした)。

加えて、ドイツは歴史的に労働力不足に対応するために、EUの市場統合のかなり以前(1950年代末)から移民を積極的に受け入れてきた歴史があります。代表的なのがトルコ人のコミュニティです。昨今のヨーロッパに向けた大規模な移民の動きの中でも、ドイツはかなり積極的に移民を受け入れる姿勢を示しましたが、そうした動きははるか昔からあったわけですね。

全体として、ドイツの人口は日本と同様、高齢化、縮小傾向にあるものの、若い移民が様々な国から流入している結果、ゆるやかな変化にとどまっている、というのが現状です。人口構成上のインパクトも大きく、ドイツ人口における外国国籍保持者の比率は9%、加えて、ドイツ国籍を持っていても本人、あるいは親が移民であるなどの形で移民にルーツを持つ人たちの比率は20%になります。言い換えれば、人口の1/4以上が何らかの形で外国にルーツを持っている、ということになります。

こうしたことの結果、「ダイバーシティ」といって第一に頭に浮かぶのは、ジェンダーということもありながらも、文化や宗教の多様性、というふうになるようです(一方で、こうした現状に問題意識を持つ人たちが反移民的な政党への支持を高めている、という話もあるのですが、ここでは割愛します)。


 

と、いうわけで、同じように「ダイバーシティマネジメント」という言葉を使っても、国によって「歴史的、社会的文脈の違い」があるために、頭の中で行われる解釈は国によって大きく異なるようです。

私が今働いている中国で考えると、「ジェネレーションギャップ」が大きな多様性の源泉、と言えるかもしれません。過去の改革開放の中で急激に社会が変化したために、生まれ育った時期によって、人生や働くことに関する価値観が大きく違うからです。こうしたことを反映して、「70后、80后、90后(それぞれ、70年代、80年代、90年代生まれのこと)」という言葉が中国ではよく使われます。中国人の中間管理職層に聞くと、「最近の若い人たちは・・・」みたいな話がよく出てきます。

こうしたことから言えるのは、多国籍にビジネスを展開されている企業の人事では、「ダイバーシティマネジメント」というような基本的な人事用語ですら、注意して使う必要がある、ということです。日本の人事がいう「ダイバーシティマネジメント」と、他の国の人事がいう「ダイバーシティマネジメント」では意味することが違う、ということが簡単に起こりえるからです。自分、あるいは相手が、どういう意味でその言葉を使っているか、を確認せずに会話を続けると、変な掛け違いが起きないとも限らない、というわけです。

もちろん、こうしたことは他の概念にも当てはまるわけですが、特に「ダイバーシティ」という言葉の解釈は、組織を取り巻く歴史的、社会的現実に大きく影響を受けやすい。ですから、それだけ注意が必要だ、ということでしょうね。

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