経営/組織理論を考える(2)社会的交換理論 (social exchange theory

前回、組織アイデンティフィケーションでスタートした経営理論をご紹介するシリーズですが、第2回は社会交換理論。

僕の博士論文はこの理論の流れを組む研究でして、これまでにもいろいろと社会的交換理論については書いてきました。

世の中は交換で回っている。

職場における「恩に報いる」を科学する。

「交換」に関する考え方は世界共通?

組織の「約束破り」に対して、個人はどう対処するのか

この理論は、世の中の人と人、あるいは組織と人、組織と組織などの間の関わりを「交換」という概念で分析するものです。古くはMauss, Lévi-Strauss, Marinowskiら人類学者による研究に源流があり、1970年代頃にHomans, Emerson, Ekeh, Blauなどの社会学系の理論家によって発展したのち、それ以降、上司-部下、組織-従業員、同僚同士、組織同士など、組織内外における様々な関係に当てはめて活用され、経営学研究の中でも最も幅広く言及されている理論の一つです。

この理論の基本的な考え方は、「アクター(個人・集団)は互いに資源を交換し合っており、互いに貸借のバランスをとるように行動する」というものです。ここでいう資源にはお金やモノのように有形のものもあれば、敬意、好意、感謝、支援など、無形のものもあります。

例えば、「上司が部下の面倒を見る → 部下は恩に感じて上司に報いようとする」というのも交換ですし、「組織が個人に様々な支援を提供する → 社員が組織に(通常の仕事の範囲を超えて)貢献しようとする」といったことも交換です。

ここで前提となっている人間観は、アクターは合理的に判断をする存在であり、自分の利益を追求する存在である、ということです。上記のように貸借のバランスをとる、というのは非常に計算的な思考・行動です。そして、どちらかが一方的に損をする交換は長期的には成り立ちませんから、バランスをとることが合理的なわけです(のちに、Lawlerなどが社会交換理論に情緒的(affective)な動機を導入する試みを行っていますが、そこについては話がややこしくなるのでここでは割愛します)。

この点が、他者を利する行動をとる、といっても、「他者の幸せを喜びとみなして、他者のために行動する」といった、純粋に利他的な行動(purely altruistic behavior)とは、全く異なります。言い換えれば、社会交換理論は、利他的な動機以外にも、他者を利する動機が人間には存在する、ということを示している点が面白い、とも言えます。

社会的交換には幾つかのタイプがある、ということは以前にも書きましたが、代表的なタイプに「交渉型 (negotiated exchange)」と「報恩型 (reciprocal exchange)」交換があります(reciprocal exchangeについては互恵型、返報型とも訳すようです)。

交渉型は、互いに取り決めをして、その上で交換を行うものです。例えば、上司と部下の間での「部の目標達成のため、この半期はXXXX万円の目標に取り組んでほしい。それが達成できたら、君の昇進に向けて僕は支援を惜しまない」「わかりました。約束ですよ」みたいな会話は交渉型の交換の例と言えます。一方で、報恩型は、そうした事前の取り決めを行わないのが特徴です。上記の例を報恩型の交換に置き換えると、「上司の掲げた部の目標の達成に向けて部下が自ら頑張り、上司は成果を上げた部下の意気を組んで、部下の昇進のために社内に働きかける」といったことです。

交渉型の交換は、Xに対してY、というふうに何を交換しているのが明確ですから、単発で完結する交換になる傾向があります。それに対して、報恩型は、何に何が対応しているのかが曖昧です。そのため、うまくいっている報恩型交換は長期的に関係が育っていくことにつながります。例えば、上の例であれば、上司が自分の昇進のために頑張ってくれた、と感じた部下が、さらに上司に恩を返そうとする、みたいな話ですね。

過去の研究からは、交渉型の交換よりも、報恩型の交換を行う方が、アクター同士(この場合は上司と部下)の互いの信頼関係が深まることを示唆する結果が報告されています。ですから、上司部下関係にせよ、同僚同士の関係にせよ、報恩型のメリットは大きい。

ただし、報恩型の交換にはリスクが伴います。というのも、自分が相手のために良かれと思ってやっても、相手からいつ、どのようにリターンが返ってくるかわからないからです。時には、肩透かしになってしまうケースもあるでしょう。

それでも社会から報恩型の交換がなくならないのはなぜでしょうか?

この問いに対する社会科学系の多くの分野に共通する答えが、「人間社会には、報恩に関する規範(the norm of reciprocity)があるからだ」というものです。規範とは、社会に幅広く受け入れられている「何が正しいことなのか」に関するルールのことを指します。つまり、人間社会には、「何かをしてもらったら、恩に報いるのが正しい」、さらに「それをちゃんとやらない人は罰せられるべきだ」と言う考え方が広く共有されている、ということです。

もちろん、個人差はあります。交換にあたって「相手にもらったよりも少なくしか返さない方が良い」と思っている人もいれば、「相手にたくさん与えておけば、より大きくなって帰ってくる」と考えている人もいて、そのことが職場での行動の個人差に影響を与えている、と言うことも知られています(この辺りは、アダム・グラントが「Give & Take」で詳しく議論しています)。

上司と部下、と言う観点にこれを当てはめてみると、「上司が同じように部下の世話をしても、努力として跳ね返ってくる部下もいれば、特に行動が変わらない部下もいる」というのは、当たり前のことなのだ、と言えますね。

ちなみに、これらの議論は基本的に「自分と相手」という1対1の交換モデルを前提に行われています。が、「多対多」の交換を想定した研究の流れも存在します(これまた、Lévi-Strauss, Marinowskiまで遡る歴史あるものです)。

経営研究の世界でこの「多対多」のモデルは全くと言っていいほど注目されていなかったのですが、バーチャルなプラットフォームの発展に伴って、不特定多数がチームを超えて関わり合うことが当たり前になってきた結果、徐々に研究が出てきている、というのが現状です(僕の博士論文はまさに、「多対多」のモデルを使って、企業内の社内インフラにおける情報共有活動について分析したものなのですが、ここでは長くなりすぎるので、またいずれ書きます)。

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投稿者: 吉川克彦(Katsuhiko Yoshikawa)

国際人事・組織論に関する研究者、コンサルタント。PhD in Management(経営学博士)。2017年8月より、上海交通大学安泰経管学院Assistant Professor。 主な研究分野は組織論、人材マネジメント論、国際経営論。研究者への転身前には、コンサルタントとして、様々な業界の日本企業の人事・組織変革を支援。 1974年兵庫県西宮市生まれ。1998年京都大学経済学部卒。同年リクルートに入社。人材、組織に関する研究、コンサルティング、サービス開発に 従事。2013年に同社を退社。2011年にLondon School of Economics and Political Science にてMSc. Management, Organisations and Governance(Distinction) および、PhD in Management (Organisational Behaviour and Employment Relations Track)を修了。 ご連絡はこちらまで。 katsuhiko78@gmail.com / k.yoshikawa@lse.ac.uk

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